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こんにちは。
今日はAI相談についてです。
AIは、
今では特別なものではなくなってきました。
仕事だけでなく、
悩みごとや人間関係について、
AIに相談する人も増えています。
それ自体は、
言葉にできない気持ちを整理したり、
自分の考えを客観的に見たり、
誰にも言えないことを
一度外に出したりするのに、
AIはとても便利な道具です。
実際、AIの進化には本当に驚かされます。
以前はプロンプト、
つまり指示文を細かく工夫しなければ、
思うような答えが返ってこないことも
ありました。
でも最近は、
普通に話しかけるだけでも、
かなり自然に、
そして深く返してくれるようになりました。
ただ、
便利になればなるほど、
少し気をつけないといけないこと
もあります。
それは、AIに相談することで、
自分の心、
あるいは自我が、
さらに「正しさ」を所有してしまうことです。
AIを使うこと自体が
怖いのではありません。
怖いのは、
AIの答えを読んだあとに、
「やっぱり自分は間違っていなかった」!
「やっぱり相手がおかしい」!
「ほら、AIもこう言っている」!
という形で、
自分の見ている世界が
さらに固まってしまうことです。
人は誰でも、
悩んでいるときは、
自分を守りたくなるものです。
傷ついたときは、
自分が間違っていない理由を
探したくなります。
怒っているときは、
相手が悪い証拠を集めたくなります。
寂しいときは、「自由じゃない、大切にされていない」と
いう物語を強めたくなることがあります。
そこにAIが、
とても整った言葉で返してくれる。
「あなたは悪くありません」
「その相手とは距離を置いた方がいいかもしれません」
「もっと境界線を引くことが大切です」
こういう言葉も時には必要ですし、
実際に、
危険な関係や、
いわゆる暴力や強い不安がある場合などは、
AIじゃなくて信頼できる人や、
専門機関に相談することが何より大切です。
ただ、
日常の生活での会話のすれ違いや、
夫婦、親子などの人間関係の中では、
この「正しい言葉」が必ずしも
関係をやわらかくするとは限りません。
むしろ、自我の牢屋になるというか。
正しさは、
ときに光になります。
でも、
ときに鎧にもなります。
その鎧を着たまま相手を見ると、
相手の言葉も、
態度も、
過去の出来事も、
すべて「やっぱりこの人はおかしい」と
いう証拠に見えてくることがあります。
ここが、
AI相談の難しいところです。
もう少し言い替えるならば、
AIは、
いわば「高性能な鏡」のようなものです。
けれどその鏡は、
こちらが投げかけた言葉を中心に
映し出します。
怒りながらのぞけば、
怒りの物語が整って返ってきます。
寂しさでのぞけば、
寂しさの理由がきれいに並びます。
被害者の立場でのぞけば、
相手が加害者のように見えてくることもあります。
それが事実の場合もあります。
けれど、事実の一部だけを
切り取っている場合もあります。
画面の中には、
現実のすべては入りきりません。
その場の空気。
表情。
声の強さ。
言いすぎたあとの沈黙。
本当は助けてほしかった気持ち。
そうした人間関係の機微を、
AIが身体で感じ取ることは
できないからです。
だからこそ、AIに相談したあと、
少しだけ問い直してみることも大切です。
「これは本当に事実なのだろうか」
「今の感情が見せている世界ではないか」
「この答えを読んで、身体はゆるんでいるか、それとも緊張しているか」
「相手を理解しようとしているか?それとも悪者に固定しようとしているか」
AIに、
現実を明け渡してしまうこと。。。
AIの答えを、
感情の武器にしてしまうこと。。。
そこには、少しだけ注意が必要です。
道具は使い方によって、
現実に戻る助けにもなれば、
現実から離れる理由にもなります。
気持ちを整理するために使うのか?
それとも、
正しさを補強するために使うのか?
そこには大きな違いがあります。
そして
大事なことは、
画面の中だけで完結させないこと。
最後は、身体に戻る。
呼吸に戻る。
目の前の人の声に戻る。
暮らしの手触りに戻る。
そこに戻れたとき、
情報はただの情報になり、
AIはただの道具に戻ります。
そして、握りしめていた正しさも、
少しずつゆるんでいきます。
人生は、いつも思い通りに
コントロールできるものではありませんから。
むしろ、無理にハンドルを握りしめるほど、
心も身体も硬くなってしまうことがあります。
だから、これからの時代に大切なのは、
人生を思い通りに操ることではなく、
もう少し、喩えるなら、
たんぽぽのように
生きることなのかもしれません。
根は大地にそっと張りながら、
風が吹けば、風にまかせる。
飛ばされることを失敗とせず、
留まることを遅れともせず、
その時々の流れの中で、
静かに花を咲かせていく。

そんな生き方を、
少し冗談まじりに、
「たんぽぽ人生」
と呼んでみてもいいでしょう。^ ^
スマホも成長するAIも、
現実から離れるためではなく、
その自然な感覚に戻るための、
小さな補助輪くらいでいいのだと思います。
こんにちは。^ ^
今日は、
ショート動画のあとなぜ現実が重くなるのか?
スマホに麻痺された意識を、
身体に戻すためには?
について書いていきます。
先ずは質問。
あなたは一日、どれくらいスマホを触っていますか?
スマホのスクリーンタイムを見てみると、
思っていたよりも長く使っていて、
少し驚くことがあるかも知れません。
1時間。
2時間。
3時間。
気づけば、5時間、6時間。
人によっては、
一日のうち7時間、8時間、9時間近く、
画面に意識を向けていることもあるかもしれません。
もちろん、スマホを使うこと自体が
悪いわけではありません。
仕事の連絡。
家族とのやり取り。
調べもの。
買い物。
動画。
SNS。
今の生活の中で、
スマホはとても便利な道具です。
ただ、健康づくりの目安としては、
余暇のスクリーン時間を長くしすぎないことが大切だとされています。
大人の場合でも、
余暇のスクリーン時間は一日最低3時間以内を目安にする考え方がありますし、
子どもや若い世代では、一日2時間以内がひとつの目安とされています。
これは、
「それを超えたらすぐに身体に害が出る」
という意味ではありません。
けれど、毎日のように長時間スマホを見続けていると、
髪、歯、首肩、腰、
目、睡眠、集中力、気分。
そういったところに、
少しずつ影響が出てくることがあります。
気づけば、スマホを見ている。
少しだけ見るつもりが、
気づけば30分。
気づけば1時間。
気づけば、今日という日が、
画面の中で細かく切り刻まれている。
Instagram、ショート動画、
ニュース、LINE、通知。
どれも一つひとつは悪くありません。
便利ですし、楽しいですし、
人とのつながりを感じられることもあります。
けれど、身体の側から見ると、
長時間のスマホは、なかなか静かな負担になります。
首は下を向き、
背中は丸まり、
呼吸は浅くなり、
目は近くの光を追い続けます。
スマホを見ている間、身体は止まっているようで、
実はずっと小さな緊張を続けています。
スマホの使いすぎが身体への痛みのリスクと
関連することはもちろんですが、
でも、本当に怖いのは、
首や腰だけではないのかもしれません。
スマホは、身体の姿勢だけでなく、
意識の姿勢も少しずつ変えていきます。
ショート動画は、数秒ごとに刺激をくれます。
面白い。
かわいい。
驚く。
腹が立つ。
羨ましい。
もっと見たい。
脳にとっては、
小さな花火が連続で上がっているようなものかもしれません。
けれど、現実の暮らしは、
そんなふうには進みません。
洗濯物は、数秒で感動させてくれません。
食器洗いは、派手な効果音を鳴らしてくれません。
子どもとの会話も、
毎回ドラマのように盛り上がるわけではありません。
家族との日常は、バズりません。
現実は、もっと地味です。
もっと遅いです。
もっと手触りがあります。
だからこそ、スマホの刺激に慣れすぎると、
現実の静けさが「退屈」に感じられることがあります。
本当は、退屈なのではなく、
刺激が強すぎる世界に、
神経が慣れてしまっているのかもしれません。
ショート動画の使用量が多い人ほど、
不注意傾向と関連するという研究や、
短い動画への依存傾向が、
睡眠や注意、判断に影響することを示す
研究も出てきています。
まだまだ将来たくさん出てくるでしょう。
さらに、SNSには「比較」があります。
誰かの楽しそうな生活。
誰かの成功。
誰かの美容。
誰かの家族。
誰かの仕事。
誰かのキラキラした一場面。
でも、それは人生の全部ではありません。
切り取られた一瞬です。
それを毎日見続けると、
自分の生活だけが、くすんで見えることがあります。
本当は、目の前にある暮らしにも、
小さな光はあるはずなのに。
スマホを長く使うことが、必ず悪いとは思いません。
ただ、
見終わったあとに元気が減っている。
首肩や腰が重い。
眠りが浅い。
家のことをする気力が出ない。
現実に戻るのが面倒になる。
人と比べて気分が沈む。
そういう感覚があるなら、
それは身体からの小さなサインかもしれません。
「スマホをやめなさい」ではなく、
まずは、スマホから少しだけ身体を取り戻してみる。
食事中はスマホを置く。
寝る前30分だけ見ない。
朝起きてすぐには開かない。
トイレや布団にスマホを持ち込まない。
10分見たら、一度立って呼吸する。
それだけでも、身体は少し現実に戻ってきます。
スマホを見ているとき、私たちの意識は、
小さな画面の中にきゅっと集まりやすくなります。
目の前の四角い世界に集中するほど、
自分の周りにある空間や、身体の広がりを忘れてしまうことがあります。
だからこそ、スマホを置いたときは、
ただ遠くを見るだけでもいいのですが、
もう少しだけ、
自分の周りの空間を思い出してみてください。
自分の前。
後ろ。
右。
左。
そして、頭の上。
存在を取り囲んでいる空間に、
意識をそっと開いていく。
それだけでも、呼吸が少し深くなったり、
首や肩の力が抜けたり、
現実に戻ってくる感覚が出てくることがあります。
スマホの中に、世界はあります。
でも、生命が回復する場所は、
画面の中だけではありません。
呼吸。
足裏。
台所の音。
子どもの声。
洗濯物の重さ。
部屋の空気。
自分の身体の奥にある、静かな疲れ。
そういうものに気づいたとき、
人は少しずつ、自分の場所に戻ってきます。
スマホを敵にしなくてもいい。
ただ、スマホに自分の一日を明け渡しすぎていないか。
そこを、たまに身体に聞いてみてもいいのかもしれません。
画面を見る時間を少し減らすことは、
情報を減らすことではありません。
自分の生命に戻る余白を増やすこと。
身体の奥にある静かな感覚を、
もう一度思い出すこと。
現実は、スマホの画面ほど刺激的ではないかもしれません。
けれど、そこには、
呼吸があり、
重さがあり、
ぬくもりがあり、
自分の身体があります。
その何気ない現実に戻ってこられること。
それが、今の時代には、
とても大切な回復なのかもしれません。
こんにちは。
以前、Mr.Childrenの『ヒカリノアトリエ』についてブログに書いたことがありますが、
あの曲には、
日常の中にある小さな光を見つけていくような温かさがありました。
そして今回、Mr.Childrenのアルバム『産声』を聴いていて、
また違う形で身体の奥に触れられるような感覚がありました。
特に表題曲の『産声』を聴いたとき、
なぜか涙が流れました。
悲しいという感じでもなく、
感動したと簡単に言えるものでもなく、
何かよくわからないところに触れたような涙でした。
頭では説明できないのに、
身体の奥では先に何かを受け取っている。
そういう反応だったのかもしれません。
「産声」という言葉に感じたもの。
産声というのは、
生まれた瞬間に出る声です。
それは、
誰かに評価されるための声ではありません。
何かを達成した声でもありません。
上手に話そうとする声でもありません。
ただ、生まれてきた命が、
世界に触れたときに出る声です。
大人になると、
社会の中でいろいろな役割を持ちます。
仕事をする自分。
親としての自分。
子どもとしての自分。
誰かに迷惑をかけないようにする自分。
ちゃんとしていようとする自分。
そうした役割は、
もちろん大切です。
でもそれが重なりすぎてると、
なんだか、間が埋まり、
「本来の声」が奥の方に隠れてるというか、
わからなくなってしまうことがあります。
しっかりしなければいけない。
前向きでいなければいけない。
人に迷惑をかけてはいけない。
ちゃんと結果を出さなければいけない。
そんな自分を保っているうちに、
身体も心も少しずつ力んでいく。
気が付かないように。
『産声』を聴いたときに反応したのは、
そうした役割の奥にある、
もっと裸の生命のようなもの。
頭の中では、
記憶や後悔や願いがめぐり、
いろいろな意味を探し続けています。
あの時こうすればよかった。
もっとちゃんとできたのではないか。
これでよかったのだろうか。
そうやって考えたり、
意味を探したり、
過去を振り返ったりすること、
けれど、
それらの言葉や思考の奥にも、
言葉になる前の命の響きのようなものがあるのかもしれません。
「考える私」の奥にある
「ただ生きている命」
今回はそこに音楽を通して、
触れたような感覚がありました。
あと、
アルバムの中には『Again』という曲もあります。
なんかのドラマの主題歌になってたんですかね。
「もう一度」という言葉を聞くと、
つい、もう一回頑張ること、
立て直すこと、
前を向くことを想像します。
だけと身体の世界では、
変化は必ずしも「頑張ること」だけで起きるわけではありません。
むしろ、力が抜けたとき。
守っていたものが少しゆるんだとき。
もうどうにもならないと感じたあとに、
ふっと呼吸が戻るとき。
そういう瞬間にこそ
身体が静かに変わりはじめることがあります。
「もう一度」って、
自分で無理やり人生を動かすことだけではなく、
なんだか奥の方から、
自然に動きが戻ってくることなのかもしれません。
暗がりの中で、
ふっと灯りが戻るように。。
それは、日々人の身体に触れている中でも
感じることがあります。
こちらが無理に変えようとしすぎると、
身体はかえって身構えることがあるんですよ。
けど安心できる余白が起こった時、
身体はちょうどのタイミングで反応しはじめます。
それは奥の方から小さな産声が上がるように。
言葉になる前のもので、
うまく説明できないものですけどね。
でも、わからないから
意味がないわけではなくて。
むしろ、
言葉になる前のところにこそ、
身体の本音が隠れているというか、
生命が現れているというか。^ ^
痛みや違和感も、
嫌ですけどね。
そやから
消そうとするだけではなく、
身体からの、
小さな知らせとして聴いてみると、
そこには筋肉や関節だけではなく、
緊張、我慢、不安、寂しさ、責任感、
そういったものも
含まれていることを感じれたりするかもです。
身体には、
その人が生きてきたおもいが静かに刻まれていますから。
これまで守ってきたもの。
こらえてきたもの。
言葉にできなかったもの。
それらが、
身体を通してね。
しずかーに。
そこでふっと戻ってくる瞬間は、
余分な緊張がほどけていくような。
無理にポジティブになるのではなく、
今の自分の状態を静かに感じられるような。
小さな反応ですよ。
それは。
大きな変化ではなくて、
小さな、身体にとっての「産声」のようなもの。
何者かにならなくても、
ちゃんとしていなくても、
今ここに生きていることそのものからやってくる。
そんな感覚です。
痛みを消すだけではなく、
自分の内側の音を聴き直せる状態へ。
本来施術とは、
身体を外側から思い通りに変えることではなく、
その人の中にすでに芽吹いている小さな声が、
そっと聴こえてくるための間なのかも、
そんなことを感じました。^ ^
こんにちは!
今日の気づきの視点は、
自律神経は、本当に乱れているのか?
について。
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先日ですが。
「自律神経を整える」というタイトル言葉を、
雑誌で見かけました。
そこには、
自律神経がいかに乱れる時代に生きているのか?
という症例がたくさん載っていて、
自律神経って、めっちゃっ大事な機能やから、
大急ぎで整えないと!
というところで、
なんやかかんやと、
整えるためのやり方が書いてあったりの
わけですが。
![]()
読みながら、
少しだけ立ち止まって考えてみたのです。
もしかすると、
もしかしてだけど、
自律神経は乱れているのではなく、
無理の重なった
その暮らしや、
緊張が続いた環境に対して、
一生懸命に対応してくれている、
だ、け、かもしれません。

良く聞く症状の、
眠れない。
胃腸が重い。
冷える。
のぼせる。
汗が出る。
不安になる。
イライラする。
急にやる気がなくなる。
頭が真っ白になる。
そんなこれらすべて、
「自律神経が乱れているから」
「正常に動いていないから」
と見てしまうと、
頭はつい、
自律神経そのものをコントロールし、
正そうとしてしまいます。
けれど、
自律神経って、敵ではありませんよね。
むしろ、
身体の奥でずっと働き続けてくれている
味方です。
無理をしていないかい?
我慢しすぎていないかい?
自分を安売りしていないかい?
寒いのに耐えていないかい?
眠いのにカフェインで押し切っていないかい?
本当は嫌なのに、平気なふりをしていないかい?
人間関係の中で、
大切の感覚を置き去りにしていないかい?
そうした日々の無理を、
身体は静かに淡々と感知しています。
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そして、
その中でなんとか倒れないように
適応しようとした結果が、
世間が、
「不調」と
呼んでいるものの1つだったりします。
そうか、
この身体は文句も言わずに生きるために、
頑張ってくれているんだなぁ。。。
もしもそう気づけたなら、
この瞬間に必要なのは、、、
「よし、今日から暮らしを正しく整えよう」
と、
新たなプレッシャーを身体にかけることでは
ないんです。
「正しい生活」という枠に、
理想を押し込もうとすることは、
また身体との新たな戦いを生んでしまいますから。
![]()
何かを変えようと焦る前に、
ちょっとまずは立ち止まって、
身体の言い分を聴いてみるんです。
今の状態を、
痛いや辛いやしんどいやらと、
すぐに否定しない。
身体と戦うのを、
少しやめてみる。。。
するとその瞬間、
心身の奥で張り詰めていた力みがふっと抜け
存在の中に、
小さなスペースが生まれます。
何かを足そうとする前に、
まずは肩の力を抜いて、
呼吸をひとつ戻してみるんです。
まぁ、毎度伝えてますが。
騙されたと思って一度、
存在を空っぽにするような時間を
持ってみて下さい。

身体の調和していく力は、間と共に働くから。
そのスペースができたときに初めて、
この存在たちは自然と無理のない、
存在にとって心地よい暮らしへと
移っていくことができます。
自律神経は、壊れた装置ではありません。
身体が今の生き方に対して
出してくれている、とても繊細なメッセージです。
だから、
一人で無理に「正しく整えよう」と、
自我と戦う必要はありません。
本当の調和は、
心身の力みが抜け、
そこに静かなスペースが生まれたときに始まります。
![]()
自律神経を、
力技で治そうとする必要もありません。
大切なのは、
自律神経が安心して働ける土壌を取り戻していくこと。
無理に整えようとしなくても、
身体の力みがほどけると、
人は少しずつ、
本来の調和を思い出していきます。
当院では、そのための静かな余白を、
身体を通して大切にしています。^ ^
こんにちはー。
立夏に入りましたねー。
新学期が始まって、
少し学校生活にも慣れてくる5月。
実はこの時期、
子どもたちのケガが増えやすい季節
でもあります。

体育、部活、クラブ活動、運動会の練習。
4月はまだ様子を見ながら動いていた身体も、
5月になると急に、
走る、跳ぶ、蹴る、踏ん張る
といった動きが増えてきます。
その中で出てきやすいのが、
成長期特有の痛みやケガです。
大人の場合は、
筋肉や靭帯を痛めることが多いですが、
成長期の子どもは少し違います。
まだ骨が成長している途中なので、
筋肉が骨にくっついている部分や、
骨の成長に関わる部分に
負担がかかりやすい時期でもあります。
ダッシュをした時。
ジャンプをした時。
ボールを強く蹴った時。
急に方向転換をした時。
こうした瞬間に、
筋肉が骨を強く引っ張ることで、
骨の付着部に負担がかかることがあります。
場合によっては、
「剥離骨折」や「裂離骨折」と
呼ばれる状態になることもあります。
特に成長期では、
骨盤や股関節まわり、膝、かかとなど、
筋肉が強く引っ張る場所に痛みが
出ることがあります。
では、なぜそのような負担が
起こりやすくなるのでしょうか?
もちろん、
運動量が増えることは
大きな理由の一つです。
ただ、
それだけではありません。
5月の子どもたちは、
身体だけでなく、
心も新しい環境に適応している途中です。
新しいクラス。
新しい先生。
新しい友達。
新しい部活。
先輩との関係。
「頑張らなきゃ」
「迷惑をかけたくない」
「レギュラーに入りたい」
「ちゃんとしなきゃ」
こうした目に見えない緊張が、
知らないうちに身体へ
影響していることがあります。
緊張が続くと、
呼吸は浅くなりやすくなります。
大人でも自分の緊張に気づかずに、
呼吸が浅く肩こり頭痛を引き起こしているパターンは沢山ありますが、
肩や背中、
股関節まわりにも、
余分な力が入りやすくなります。
身体の中のゆとり、
つまりスペースが少なくなっていくのです。
スペースが少なくなった身体は、
動きに余裕がなくなります。
本来なら柔らかく受け流せるはずの力も、
逃げ場がなくなることで、
一部分に集中しやすくなります。
その状態で急に
走る、跳ぶ、蹴る、踏ん張る。
すると、
筋肉や関節、骨の付着部に
大きな負担がかかることがあります。
ここで大切なのは、
「歩けているから大丈夫」
と決めつけないことです。
もちろん、
歩けているなら重症ではない場合
もあります。
ただ、成長期の痛みは、
我慢して運動を続けることで
長引くことがあります。
特に、
走ると痛い。
ジャンプすると痛い。
ボールを蹴ると痛い。
股関節や骨盤まわりに鋭い痛みがある。
足を引きずる。
数日たっても痛みが引かない。
こうした場合は、
無理に続けず、
一度きちんと確認しておくことが大切です。
子どもは
「休みたくない」
「みんなについていきたい」
と思って、痛みを隠すことがあります。
親御さんから見ても、
普通に歩いていたり、
家では元気そうにしていると、
つい大丈夫かなと思ってしまいます。
でも、
身体の中ではまだ回復の途中
かもしれません。
痛みは、
単なる邪魔者ではありません。
身体が、
「少し負担が強すぎるよ」
「今は休ませてほしいよ」
「このまま続けると長引くかもしれないよ」
と教えてくれているサインでもあります。
もし今夜、お子さんが寝静まったら、
少しだけ寝姿を眺めてみてください。
呼吸が浅くなっていないか。
肩や首に力が入ったまま眠っていないか。
歯を食いしばっていないか。
身体が安心して休めているか。
何かを見つけようとしなくても大丈夫です。
ただ、少しだけ見守る。
その時間だけでも、
親御さん自身の呼吸が少し
深くなるかもしれません。
そして親御さんの呼吸がゆるむと、
家庭の空気にも少しゆとりが生まれます。
子どもの身体は、
そうした空気をとても敏感に
感じ取っています。
「早く治さないと」
「休ませた方がいいのかな」
「でも試合があるし」
そう思うのは、
親として自然なことです。
ただ、
不安の圧が強くなりすぎると、
子どももまた身体を固めてしまうことがあります。
まずは親御さん自身が、
少しだけ肩の力を抜いてみる。
それも、
子どもの身体を見守るうえで
大切なスペースになるかもしれません。
荻野接骨院では、
痛みの出ている場所だけを局所的に見るのではなく、身体全体の使い方を見ていきます。
股関節や骨盤の動き。
筋肉の緊張。
呼吸の浅さ。
足のつき方。
姿勢のクセ。
そして、
身体全体にどれくらい余分な力みが
入っているのか。
そうした部分を確認しながら、
回復しやすい土壌を整えていきます。
もちろん、
骨折や剥離骨折が疑われる場合は、
まず整形外科での画像検査が大切です。
そのうえで、
今は安静が必要な時期なのか。
少しずつ動かしてよい時期なのか。
どこに負担が集まっていたのか。
復帰に向けて何を整えていけばよいのか。
そうした部分を丁寧に見ていくことが、
再発予防にもつながります。
5月は、子どもたちが新しい環境の中で
少しずつ動き出す季節です。
そのぶん、
身体には目に見えない力みが
蓄積していることがあります。
「少し痛いけど大丈夫」
その一言の奥に、
身体からの大事なサインが
隠れているかもしれません。
子どもの痛みを、
ただの甘えや気合い不足として片づけず、
成長途中の身体からのメッセージと
して見てあげる。
それだけでも、
ケガとの向き合い方は大きく変わってきます。
頑張る子どもたちの身体が、
無理な力みなく、
自然に成長していけるように。
痛みや違和感が出た時は、
早めに一度ご相談ください。
こんにちは!
身体の中の「間」を取り戻す期間、
4月17日から春土用に入りました。
今年の春土用は5月4日まで。
そして5月5日に、立夏を迎えます。
春から夏へ。
季節が静かに受け渡されていく時間ですね。
何かを強く進めるための期間
というより、
次の流れへ移る前に、
いったん「間」を取り戻すための
期間なのかもしれません。
武術や身体操作でもそうですが、
次の動きが美しく出る前には、
必ず「間」があります。
そこに余白があるから、
力まずに移れる。
崩れずに次へ行ける。
でも、その「間」に不安が入り込み、
前の姿勢にしがみついたり、
力で進もうとしたりすると、
動きはたちまち重くなります。
季節の移ろいも、少し似ています。
身体はもう、
春の身体のままではいられません。
昼間なんかかなり暑くなってましたしね。
知らないうちに、
夏へ向かう準備を始めています。
呼吸も。
眠りも。
巡りも。
重心も。
全部が少しずつ、
次の季節へ向かって動いています。
けれどそこに、
「ちゃんとしないと」
「まだ頑張らないと」
「止まってはいけない」
そんな自分の圧がかかり続けると、
身体の中のスペースは少しずつ潰れていきます。
春は、
思っている以上に“頑張り”が
入りやすい季節かもです。
環境の変化。
人間関係の変化。
家族の節目。
新しい流れへの適応。
表面ではうまくやれていても、
身体の奥ではずっと微調整が続いていた。
そんなことも、
少なくないかなと。
東洋的には、
春は「肝」の季節とも言われます。
それは単に肝臓という臓器だけの話ではなく、
筋膜や腱、目、そして
全身のつながりに関わる季節
として見ることもできます。
だからこの時期は、
筋肉がピクピクする
足がつりやすい
目の奥が重い
呼吸が浅い
歯を噛みしめてしまう
眠っても芯から抜けない
そんなサインが出ていても、
それは身体が壊れているというより、
何とか整えようとしている
途中なのかもしれません。
不調は、敵ではありませんからね。
身体の中の「間」が少なくなっていますよ、
と教えてくれている合図のこともあります。
だから春土用に大切なのは、
何かを足して整えることより、
生活の中で少し引いて、
余白を戻してあげることです。
食べ過ぎない。
見過ぎない。
考え過ぎない。
頑張り過ぎない。
腹八分目にして、
内臓の仕事を少し軽くする。
スマホやPCから目を離して、
遠くや空を見る。
少し早めに休んで、
重力に身体を預ける。
それだけでも、
身体の奥では、思っている以上のことが起き始めます。
無理に前向きにならなくてもいい。
この時期は、
自然に主導権を少し返すくらいでちょうどいいかも知れませんね。
春土用は、
止まるための期間ではなく、
内側のスペースを創り直す期間です。
余計な圧が抜けて、
身体の中に静かな「間」が戻ってくると、
連休明けの日常は、
前よりもずっと自然に流れ始めます。
頑張って動くのではなく、
動ける状態に還っていく。
この春土用は、そんなふうに自分の身体に委ねてみる時間でもいいのかもしれません。
こんにちは。
今回は「リトリート」というテーマです。
ただ、なんか難しくなっちゃったかもで。
すみません。
とりあえず、
身体と自律神経、
そして今の季節の視点から
紐解いてみたいと思います。
リトリートと聞くと、
どこか遠くへ行き、
非日常の中で休息をとるイメージが
あるかもしれません。
ですが、
その本質は
「どこかへ行くこと」ではなく、
元の状態に戻っていくことにあります。
春になると
春眠暁を覚えず。
と言われるように、
強い眠気やだるさを感じる方が
多くなります。
たとえば、
生まれたばかりの赤ちゃんは
1日に17時間も眠ると言われていますが、
起きている間に受ける視覚や
聴覚の膨大な情報を処理するために、
頻繁に意識をシャットダウンして、
脳内で整理整頓を行っている時間なんですね。
実は、今の私たちの身体にも、
これと全く同じことが起きています。
春は、
景色に色が増え、
新しい匂いや音が生まれ、
社会的にも人間関係も交差する季節。
空気も濃密になり、
脳に入ってくる「情報量」が
爆発的に増えます。
脳はその情報を処理するために、
強制的なシャットダウン、
つまり眠気を要求しているのです。
同時に、
冬のあいだ寒さから身を守るために
固めていた皮膚の境界線が、
少しずつほどけていく移行期でもあります。
だから、
春の眠気やだるさは
不調ではなく、
身体が自らスペースを作ろうとしている
正常なサインなのです。
春の風物詩である「お花見」も、
実は日本人が古来から無意識に行ってきた
リトリートの一つかもしれません。
日常の建物や街のノイズという「圧」を、
圧倒的な桜の淡い色が覆い尽くす。
あの色の空間に包まれることで、
自分と外の世界との境界線が曖昧になり、
強制的に「個」から
「空間の一部」へと意識が移っていきます。
桜の下でふっと身体が緩むのは、
強烈なスペースの確保が行われているからです。
スペース、余白、間、
これらは、勝手に自律神経を調律する働きがあります。
お花見で余白をつくる。
素晴らしい文化ですね。
話は変わり、
よく山が良いか、海が良いか?
みたいな質問をされることがありますが、
答えは、
どちらも良いです。^ ^
どちらも
自然自体に自律神経は調律する働きがありますから。
ただ、自律神経を調律する時、
特徴としては、
大きく二つの働きがあります。
例えるならば。
山は「充電」。
重力に対してまっすぐに立ち、大地に根を張り、内にエネルギーを集める垂直のエネルギー。
そして、
海は「解放」。
境界をほどき、外との区別をゆるめていく水平のエネルギー。
特に海のような水平線は、
脳の認識の枠を外し、
身体の中に広大なスペースを生み出します。
と、するなば、
情報と外圧でキャパシティが
いっぱいになっている現代の人達が、
無意識に強く求めているのは、
何かを足すことではなく、
海のような力がもたらす圧倒的な「解放」かも
知れませんね。
ただ、
わざわざ遠くの海へ行かなくても、
日常の中でこの「海の解放」を
起こすことができます。
![]()
それが「ゼロ圧」の感覚です。
私たちはストレスや外圧にさらされると、
無意識に自分を守ろうとして、
皮膚という境界線をバリアのように固く張ってしまいます。
壁があるからこそ、
外からの情報がぶつかり、
重さや摩擦と私が生まれるのです。
そんな私という
限られた器の中で情報を処理しようと
頑張るのではなく、
むしろ
その境界線を溶かしてしまうこと。
自分が何かを受け止める
個別の存在ではなく、
意識を水平線のように広げ、
空間そのものになる。

自らが透明な空間に溶け込んでしまえば、
春の膨大な情報も、
日常の重圧も、
引っかかる場所がなくなり
スッと透過していきます。
摩擦も、
重力さえもです。
春の眠気も、
動けない時間も、
無理にコントロールして
整えようとする必要はありません。
「今はまだ不完全だ」
という前提を手放し、
起きている反応をそのまま置いておく。
日常生活の中ふと立ち止まり、
何となく息を吐ききって、
内側に広がる静かな水平線を感じてみる。
あなたが勝手に空間になっている際に、
身体は自然と、
最も心地よいゼロの状態へと
調律されていくはずです。
こんにちは!
お彼岸も過ぎて、
少し間が空きましたが、
今日は大切なことをひとつ書いてみます。
人との関わりの中で、
「しんどくなる人」と
「自然にいられる人」
この違いって、気になりませんか?
栄養や文化などだけでなく、
また技術や性格の問題だけでもなく、
更に奥の深いなところに、
一つの違いがあります。
それは、
「境界線」と「間」です。
一般的に境界線というと?
距離を取ること
相手と自分を分けること。
のように思われがちですが、
本質は少し違います。
境界線とは、
切るものではなく、
“間(あいだ)を持つこと”です。
人と人のあいだにある、
ほんの少しの余白。
触れてはいるけれど、
混ざっていない状態。
この「間」があるかどうかで、
人との関わりの質は大きく変わります。
この間がないと、
相手の感情や空気をそのまま受け取ってしまい、
自分のことなのか、
相手のことなのかがわからなくなります。
周りの空気に巻き込まれる
誰かの機嫌に左右される
必要以上に気を使ってしまう
こういった状態は、
「優しさ」ではなく、
優しさと思っていたものが、
ただ巻き込まれている状態なのかもしれません。
では、
なぜこの「間」がなくなるのでしょうか。
一つは、身体の緊張です。
身体が常にこわばり、
自律神経が過敏な状態になると、
外からの刺激をすべて拾ってしまいます。
いわば、
境界のセンサーが開きっぱなしの状態です。
もう一つは、安心感の不足です。
安心があると、
外の出来事が起きても必要以上に巻き込まれません。
しかし安心が弱いと、
無意識に外に同調し、
自分の中心が外側に引っ張られていきます。
その結果、
出来事に振り回される生き方になっていきます。
本来の状態は、
そのようなものではありません。
嬉しい、嫌だ、
うまくいった、いかなかった、
そういった反応が起こる前に、
もっと静かな場所があります。
思考が動き出す前の「間」。
その場所には、
すでに満ちている感覚があり、
何かを足さなくても成り立っている
状態があります。
境界線とは、
この「間」に戻れるかどうかでもあります。
頭で「これは自分、これは他人」と
分けるのではなく、
間に戻ることで、
自然と混ざらなくなる。
そのとき、
自然と境界線が整っていきます。
だからこそ、
境界線は考え方ではなく、
身体から整えていくことが大切です。
呼吸が静かに戻り、
身体の力が抜け、
足の裏や重さを感じられるようになると、
自然と「間」が生まれてきます。
その状態で人と関わると、
無理に頑張らなくても、
ちょうどいい距離で関わることができるようになります。
施術をしていても、
この「間」が戻ると、
身体の緊張がふっと抜ける瞬間があります。
人とつながりながらも、
自然体でいられる状態。
それが、
「間に生きる」ということかもしれません。
もし今、
人との関わりで疲れていると感じるなら、
「どう関わるか」ではなく、
「どの状態で関わっているか」
そこに少し意識を向けてみてください。
境界線は、
引くものではなく、
もともとある「間」に戻っていることに
気づくことなのかもしれません。^ ^
こんにちは。^ ^
花粉症や大きな気温、気圧の変化で、
肝臓への負担が強まる時期ですね。
寝違え、身体のつり、
口腔内の炎症、
急なギックリ腰に気をつけておきましょう。
今日は、
呼吸が浅い人の“意外な原因”です。
整体をしていると、「この方、呼吸が浅いな」と感じることがあります。
肩こりが続く方や、
疲れが抜けにくい方に多い印象です。
呼吸が浅いと言われると、
「肺の問題なのかな?」
と思われる方も多いのですが、
実は呼吸は
肺だけの問題ではないんですよね。
呼吸は、身体全体を動かしている、
リズムでもあります。
それは海のように、
呼吸は全身に広がる“波”です。
息を吸うと、
横隔膜という筋肉が下に動きます。
すると
肋骨が広がり、
内臓がゆれ、
背骨がわずかに動き、
骨盤底も連動します。
この動きは、
筋膜を通して
全身に波のように広がっています。
呼吸は、
身体の中を流れているんです。
そんな呼吸の中心になるのが
横隔膜という筋肉です。
横隔膜は、
心臓や
肝臓、
胃や、
腰椎など、
多くの組織とつながっています。
そんな横隔膜の動きが小さくなると、
呼吸だけでなく、
血流から、
消化機能、
姿勢制御、
自律神経のバランスまで、
様々に影響していきます。
そう、意外な原因は横隔膜でした。
では、
横隔膜が硬くなる原因とは?
これも複数が混ざり合っていますが、
何らかの思い込みや、
運動不足により、
肋骨が固くなった結果、
デスクワークや
スマホ姿勢が続くことで、
胸が丸まりやすくなった結果、
食べすぎや栄養バランス失調による、
胃や腸などの内臓からお腹が緊張した結果、
職場や人間関係による緊張からの、
交感神経が優位になって、
血管が縮んだ結果、
血糖が不安定により、
アドレナリンなどの
ストレスホルモンが出して、
筋肉を緊張させた結果、
横隔膜を、
硬くさせる原因も多岐にわたります。
そして呼吸が浅いと言われると、
「深呼吸しなきゃ」
と思う方も多いと思います。
ですが。
実際は、無理に吸うことよりも、
呼吸が通る身体を作ることの方が大切です。
状態としては、
肋骨を動くようにし、
背中をやわらかして、
お腹は柔らかくゆるんでいる。
こうした状態になると、
呼吸は自然と深くなっていきます。
呼吸は、
一日中続いている動きです。
だからこそ、
身体の状態がそのまま呼吸に現れます。
もちろん身体が整うと、
呼吸は自然と変わります。
呼吸も
身体からのメッセージ。
整体では、
この呼吸の通りやすさを大切に見ています。
セルフやるには立ち方でそれをつくる訳ですが、それはまた院で受け取れる状態で伝えます。^ ^
こんにちは。
今日は雨ですね。^ ^
低気圧でなんとなく身体が重いと感じている方も多いのではないでしょうか。
頭が痛い。
首や肩がこる。
めまいがする。
やる気が出ない。
気分まで沈みがちになる。
それは気のせいではなくて、
この時期は気温だけでなく、
気圧が大きく上下します。
気圧が下がると、
内耳がその変化を感知し、
脳幹を通して自律神経に影響が及びます。
その結果、
先ず交感神経がやや優位になり、
血管や筋肉が緊張しやすくなります。
ここまでは、
よく知られている話かもしれませんね。
ですが、
本当に注意したいのはその先です。
気圧によって揺れている神経に、
血糖の乱高下が重なるとどうなるでしょうか?
血糖が急に上がると、膵臓から
インスリンが分泌されます。
その後、血糖が
急に下がると、
身体は低血糖を防ぐために
アドレナリンやコルチゾールを分泌します。
これは、
身体にとって軽いストレス反応です。
つまり、
気圧によるストレスの他に、
血糖によるストレスが重なり、
副腎は二重に働くことになります。
その状態が続くと?
頭痛が起こりやすくなり、
関節が痛みやすくなり、
気分も不安定になりやすくなります。
イライラや不安感も、
意志の弱さではなく、
生理学的な反応であることが
少なくありません。
季節の変わり目にしんどくなる方は、
代謝の土台が少し揺れている可能性があります。
血糖を安定させるためには、
朝にたんぱく質をしっかり摂ること。
炭水化物だけの食事を避けること。
甘いものは単独で食べないこと。
空腹時間を長くしすぎないこと。
そして、
野菜から食べることも、
血糖を安定させる一つの方法です。
ですが、
順番だけにこだわるよりも、
たんぱく質と脂質をしっかり含めた、
食事全体の設計が大切です。
特別なことではありません。
ただ、安定させる。
それだけです。
気圧は変えられません。
ですが、血糖の安定は
整えることができます。
季節の変わり目は、
頑張る時期ではありません。
攻める時期でもありません。
土壌を整える時期です。
血糖が安定すると、
神経が落ち着き、
炎症がやわらぎ、
回復力が戻ります。
命綱は、外ではなく、
身体の内側にあります。
今日のような雨の日こそ静かに整えていきましょう。^ ^




























































