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こんにちは。
以前、Mr.Childrenの『ヒカリノアトリエ』についてブログに書いたことがありますが、
あの曲には、
日常の中にある小さな光を見つけていくような温かさがありました。
そして今回、Mr.Childrenのアルバム『産声』を聴いていて、
また違う形で身体の奥に触れられるような感覚がありました。
特に表題曲の『産声』を聴いたとき、
なぜか涙が流れました。
悲しいという感じでもなく、
感動したと簡単に言えるものでもなく、
何かよくわからないところに触れたような涙でした。
頭では説明できないのに、
身体の奥では先に何かを受け取っている。
そういう反応だったのかもしれません。
「産声」という言葉に感じたもの。
産声というのは、
生まれた瞬間に出る声です。
それは、
誰かに評価されるための声ではありません。
何かを達成した声でもありません。
上手に話そうとする声でもありません。
ただ、生まれてきた命が、
世界に触れたときに出る声です。
大人になると、
社会の中でいろいろな役割を持ちます。
仕事をする自分。
親としての自分。
子どもとしての自分。
誰かに迷惑をかけないようにする自分。
ちゃんとしていようとする自分。
そうした役割は、
もちろん大切です。
でもそれが重なりすぎてると、
なんだか、間が埋まり、
「本来の声」が奥の方に隠れてるというか、
わからなくなってしまうことがあります。
しっかりしなければいけない。
前向きでいなければいけない。
人に迷惑をかけてはいけない。
ちゃんと結果を出さなければいけない。
そんな自分を保っているうちに、
身体も心も少しずつ力んでいく。
気が付かないように。
『産声』を聴いたときに反応したのは、
そうした役割の奥にある、
もっと裸の生命のようなもの。
頭の中では、
記憶や後悔や願いがめぐり、
いろいろな意味を探し続けています。
あの時こうすればよかった。
もっとちゃんとできたのではないか。
これでよかったのだろうか。
そうやって考えたり、
意味を探したり、
過去を振り返ったりすること、
けれど、
それらの言葉や思考の奥にも、
言葉になる前の命の響きのようなものがあるのかもしれません。
「考える私」の奥にある
「ただ生きている命」
今回はそこに音楽を通して、
触れたような感覚がありました。
あと、
アルバムの中には『Again』という曲もあります。
なんかのドラマの主題歌になってたんですかね。
「もう一度」という言葉を聞くと、
つい、もう一回頑張ること、
立て直すこと、
前を向くことを想像します。
だけと身体の世界では、
変化は必ずしも「頑張ること」だけで起きるわけではありません。
むしろ、力が抜けたとき。
守っていたものが少しゆるんだとき。
もうどうにもならないと感じたあとに、
ふっと呼吸が戻るとき。
そういう瞬間にこそ
身体が静かに変わりはじめることがあります。
「もう一度」って、
自分で無理やり人生を動かすことだけではなく、
なんだか奥の方から、
自然に動きが戻ってくることなのかもしれません。
暗がりの中で、
ふっと灯りが戻るように。。
それは、日々人の身体に触れている中でも
感じることがあります。
こちらが無理に変えようとしすぎると、
身体はかえって身構えることがあるんですよ。
けど安心できる余白が起こった時、
身体はちょうどのタイミングで反応しはじめます。
それは奥の方から小さな産声が上がるように。
言葉になる前のもので、
うまく説明できないものですけどね。
でも、わからないから
意味がないわけではなくて。
むしろ、
言葉になる前のところにこそ、
身体の本音が隠れているというか、
生命が現れているというか。^ ^
痛みや違和感も、
嫌ですけどね。
そやから
消そうとするだけではなく、
身体からの、
小さな知らせとして聴いてみると、
そこには筋肉や関節だけではなく、
緊張、我慢、不安、寂しさ、責任感、
そういったものも
含まれていることを感じれたりするかもです。
身体には、
その人が生きてきたおもいが静かに刻まれていますから。
これまで守ってきたもの。
こらえてきたもの。
言葉にできなかったもの。
それらが、
身体を通してね。
しずかーに。
そこでふっと戻ってくる瞬間は、
余分な緊張がほどけていくような。
無理にポジティブになるのではなく、
今の自分の状態を静かに感じられるような。
小さな反応ですよ。
それは。
大きな変化ではなくて、
小さな、身体にとっての「産声」のようなもの。
何者かにならなくても、
ちゃんとしていなくても、
今ここに生きていることそのものからやってくる。
そんな感覚です。
痛みを消すだけではなく、
自分の内側の音を聴き直せる状態へ。
本来施術とは、
身体を外側から思い通りに変えることではなく、
その人の中にすでに芽吹いている小さな声が、
そっと聴こえてくるための間なのかも、
そんなことを感じました。^ ^
こんにちは!
今日の気づきの視点は、
自律神経は、本当に乱れているのか?
について。
![]()
先日ですが。
「自律神経を整える」というタイトル言葉を、
雑誌で見かけました。
そこには、
自律神経がいかに乱れる時代に生きているのか?
という症例がたくさん載っていて、
自律神経って、めっちゃっ大事な機能やから、
大急ぎで整えないと!
というところで、
なんやかかんやと、
整えるためのやり方が書いてあったりの
わけですが。
![]()
読みながら、
少しだけ立ち止まって考えてみたのです。
もしかすると、
もしかしてだけど、
自律神経は乱れているのではなく、
無理の重なった
その暮らしや、
緊張が続いた環境に対して、
一生懸命に対応してくれている、
だ、け、かもしれません。

良く聞く症状の、
眠れない。
胃腸が重い。
冷える。
のぼせる。
汗が出る。
不安になる。
イライラする。
急にやる気がなくなる。
頭が真っ白になる。
そんなこれらすべて、
「自律神経が乱れているから」
「正常に動いていないから」
と見てしまうと、
頭はつい、
自律神経そのものをコントロールし、
正そうとしてしまいます。
けれど、
自律神経って、敵ではありませんよね。
むしろ、
身体の奥でずっと働き続けてくれている
味方です。
無理をしていないかい?
我慢しすぎていないかい?
自分を安売りしていないかい?
寒いのに耐えていないかい?
眠いのにカフェインで押し切っていないかい?
本当は嫌なのに、平気なふりをしていないかい?
人間関係の中で、
大切の感覚を置き去りにしていないかい?
そうした日々の無理を、
身体は静かに淡々と感知しています。
![]()
そして、
その中でなんとか倒れないように
適応しようとした結果が、
世間が、
「不調」と
呼んでいるものの1つだったりします。
そうか、
この身体は文句も言わずに生きるために、
頑張ってくれているんだなぁ。。。
もしもそう気づけたなら、
この瞬間に必要なのは、、、
「よし、今日から暮らしを正しく整えよう」
と、
新たなプレッシャーを身体にかけることでは
ないんです。
「正しい生活」という枠に、
理想を押し込もうとすることは、
また身体との新たな戦いを生んでしまいますから。
![]()
何かを変えようと焦る前に、
ちょっとまずは立ち止まって、
身体の言い分を聴いてみるんです。
今の状態を、
痛いや辛いやしんどいやらと、
すぐに否定しない。
身体と戦うのを、
少しやめてみる。。。
するとその瞬間、
心身の奥で張り詰めていた力みがふっと抜け
存在の中に、
小さなスペースが生まれます。
何かを足そうとする前に、
まずは肩の力を抜いて、
呼吸をひとつ戻してみるんです。
まぁ、毎度伝えてますが。
騙されたと思って一度、
存在を空っぽにするような時間を
持ってみて下さい。

身体の調和していく力は、間と共に働くから。
そのスペースができたときに初めて、
この存在たちは自然と無理のない、
存在にとって心地よい暮らしへと
移っていくことができます。
自律神経は、壊れた装置ではありません。
身体が今の生き方に対して
出してくれている、とても繊細なメッセージです。
だから、
一人で無理に「正しく整えよう」と、
自我と戦う必要はありません。
本当の調和は、
心身の力みが抜け、
そこに静かなスペースが生まれたときに始まります。
![]()
自律神経を、
力技で治そうとする必要もありません。
大切なのは、
自律神経が安心して働ける土壌を取り戻していくこと。
無理に整えようとしなくても、
身体の力みがほどけると、
人は少しずつ、
本来の調和を思い出していきます。
当院では、そのための静かな余白を、
身体を通して大切にしています。^ ^
こんにちはー。
立夏に入りましたねー。
新学期が始まって、
少し学校生活にも慣れてくる5月。
実はこの時期、
子どもたちのケガが増えやすい季節
でもあります。

体育、部活、クラブ活動、運動会の練習。
4月はまだ様子を見ながら動いていた身体も、
5月になると急に、
走る、跳ぶ、蹴る、踏ん張る
といった動きが増えてきます。
その中で出てきやすいのが、
成長期特有の痛みやケガです。
大人の場合は、
筋肉や靭帯を痛めることが多いですが、
成長期の子どもは少し違います。
まだ骨が成長している途中なので、
筋肉が骨にくっついている部分や、
骨の成長に関わる部分に
負担がかかりやすい時期でもあります。
ダッシュをした時。
ジャンプをした時。
ボールを強く蹴った時。
急に方向転換をした時。
こうした瞬間に、
筋肉が骨を強く引っ張ることで、
骨の付着部に負担がかかることがあります。
場合によっては、
「剥離骨折」や「裂離骨折」と
呼ばれる状態になることもあります。
特に成長期では、
骨盤や股関節まわり、膝、かかとなど、
筋肉が強く引っ張る場所に痛みが
出ることがあります。
では、なぜそのような負担が
起こりやすくなるのでしょうか?
もちろん、
運動量が増えることは
大きな理由の一つです。
ただ、
それだけではありません。
5月の子どもたちは、
身体だけでなく、
心も新しい環境に適応している途中です。
新しいクラス。
新しい先生。
新しい友達。
新しい部活。
先輩との関係。
「頑張らなきゃ」
「迷惑をかけたくない」
「レギュラーに入りたい」
「ちゃんとしなきゃ」
こうした目に見えない緊張が、
知らないうちに身体へ
影響していることがあります。
緊張が続くと、
呼吸は浅くなりやすくなります。
大人でも自分の緊張に気づかずに、
呼吸が浅く肩こり頭痛を引き起こしているパターンは沢山ありますが、
肩や背中、
股関節まわりにも、
余分な力が入りやすくなります。
身体の中のゆとり、
つまりスペースが少なくなっていくのです。
スペースが少なくなった身体は、
動きに余裕がなくなります。
本来なら柔らかく受け流せるはずの力も、
逃げ場がなくなることで、
一部分に集中しやすくなります。
その状態で急に
走る、跳ぶ、蹴る、踏ん張る。
すると、
筋肉や関節、骨の付着部に
大きな負担がかかることがあります。
ここで大切なのは、
「歩けているから大丈夫」
と決めつけないことです。
もちろん、
歩けているなら重症ではない場合
もあります。
ただ、成長期の痛みは、
我慢して運動を続けることで
長引くことがあります。
特に、
走ると痛い。
ジャンプすると痛い。
ボールを蹴ると痛い。
股関節や骨盤まわりに鋭い痛みがある。
足を引きずる。
数日たっても痛みが引かない。
こうした場合は、
無理に続けず、
一度きちんと確認しておくことが大切です。
子どもは
「休みたくない」
「みんなについていきたい」
と思って、痛みを隠すことがあります。
親御さんから見ても、
普通に歩いていたり、
家では元気そうにしていると、
つい大丈夫かなと思ってしまいます。
でも、
身体の中ではまだ回復の途中
かもしれません。
痛みは、
単なる邪魔者ではありません。
身体が、
「少し負担が強すぎるよ」
「今は休ませてほしいよ」
「このまま続けると長引くかもしれないよ」
と教えてくれているサインでもあります。
もし今夜、お子さんが寝静まったら、
少しだけ寝姿を眺めてみてください。
呼吸が浅くなっていないか。
肩や首に力が入ったまま眠っていないか。
歯を食いしばっていないか。
身体が安心して休めているか。
何かを見つけようとしなくても大丈夫です。
ただ、少しだけ見守る。
その時間だけでも、
親御さん自身の呼吸が少し
深くなるかもしれません。
そして親御さんの呼吸がゆるむと、
家庭の空気にも少しゆとりが生まれます。
子どもの身体は、
そうした空気をとても敏感に
感じ取っています。
「早く治さないと」
「休ませた方がいいのかな」
「でも試合があるし」
そう思うのは、
親として自然なことです。
ただ、
不安の圧が強くなりすぎると、
子どももまた身体を固めてしまうことがあります。
まずは親御さん自身が、
少しだけ肩の力を抜いてみる。
それも、
子どもの身体を見守るうえで
大切なスペースになるかもしれません。
荻野接骨院では、
痛みの出ている場所だけを局所的に見るのではなく、身体全体の使い方を見ていきます。
股関節や骨盤の動き。
筋肉の緊張。
呼吸の浅さ。
足のつき方。
姿勢のクセ。
そして、
身体全体にどれくらい余分な力みが
入っているのか。
そうした部分を確認しながら、
回復しやすい土壌を整えていきます。
もちろん、
骨折や剥離骨折が疑われる場合は、
まず整形外科での画像検査が大切です。
そのうえで、
今は安静が必要な時期なのか。
少しずつ動かしてよい時期なのか。
どこに負担が集まっていたのか。
復帰に向けて何を整えていけばよいのか。
そうした部分を丁寧に見ていくことが、
再発予防にもつながります。
5月は、子どもたちが新しい環境の中で
少しずつ動き出す季節です。
そのぶん、
身体には目に見えない力みが
蓄積していることがあります。
「少し痛いけど大丈夫」
その一言の奥に、
身体からの大事なサインが
隠れているかもしれません。
子どもの痛みを、
ただの甘えや気合い不足として片づけず、
成長途中の身体からのメッセージと
して見てあげる。
それだけでも、
ケガとの向き合い方は大きく変わってきます。
頑張る子どもたちの身体が、
無理な力みなく、
自然に成長していけるように。
痛みや違和感が出た時は、
早めに一度ご相談ください。
こんにちは!
身体の中の「間」を取り戻す期間、
4月17日から春土用に入りました。
今年の春土用は5月4日まで。
そして5月5日に、立夏を迎えます。
春から夏へ。
季節が静かに受け渡されていく時間ですね。
何かを強く進めるための期間
というより、
次の流れへ移る前に、
いったん「間」を取り戻すための
期間なのかもしれません。
武術や身体操作でもそうですが、
次の動きが美しく出る前には、
必ず「間」があります。
そこに余白があるから、
力まずに移れる。
崩れずに次へ行ける。
でも、その「間」に不安が入り込み、
前の姿勢にしがみついたり、
力で進もうとしたりすると、
動きはたちまち重くなります。
季節の移ろいも、少し似ています。
身体はもう、
春の身体のままではいられません。
昼間なんかかなり暑くなってましたしね。
知らないうちに、
夏へ向かう準備を始めています。
呼吸も。
眠りも。
巡りも。
重心も。
全部が少しずつ、
次の季節へ向かって動いています。
けれどそこに、
「ちゃんとしないと」
「まだ頑張らないと」
「止まってはいけない」
そんな自分の圧がかかり続けると、
身体の中のスペースは少しずつ潰れていきます。
春は、
思っている以上に“頑張り”が
入りやすい季節かもです。
環境の変化。
人間関係の変化。
家族の節目。
新しい流れへの適応。
表面ではうまくやれていても、
身体の奥ではずっと微調整が続いていた。
そんなことも、
少なくないかなと。
東洋的には、
春は「肝」の季節とも言われます。
それは単に肝臓という臓器だけの話ではなく、
筋膜や腱、目、そして
全身のつながりに関わる季節
として見ることもできます。
だからこの時期は、
筋肉がピクピクする
足がつりやすい
目の奥が重い
呼吸が浅い
歯を噛みしめてしまう
眠っても芯から抜けない
そんなサインが出ていても、
それは身体が壊れているというより、
何とか整えようとしている
途中なのかもしれません。
不調は、敵ではありませんからね。
身体の中の「間」が少なくなっていますよ、
と教えてくれている合図のこともあります。
だから春土用に大切なのは、
何かを足して整えることより、
生活の中で少し引いて、
余白を戻してあげることです。
食べ過ぎない。
見過ぎない。
考え過ぎない。
頑張り過ぎない。
腹八分目にして、
内臓の仕事を少し軽くする。
スマホやPCから目を離して、
遠くや空を見る。
少し早めに休んで、
重力に身体を預ける。
それだけでも、
身体の奥では、思っている以上のことが起き始めます。
無理に前向きにならなくてもいい。
この時期は、
自然に主導権を少し返すくらいでちょうどいいかも知れませんね。
春土用は、
止まるための期間ではなく、
内側のスペースを創り直す期間です。
余計な圧が抜けて、
身体の中に静かな「間」が戻ってくると、
連休明けの日常は、
前よりもずっと自然に流れ始めます。
頑張って動くのではなく、
動ける状態に還っていく。
この春土用は、そんなふうに自分の身体に委ねてみる時間でもいいのかもしれません。
こんにちは。
今回は「リトリート」というテーマです。
ただ、なんか難しくなっちゃったかもで。
すみません。
とりあえず、
身体と自律神経、
そして今の季節の視点から
紐解いてみたいと思います。
リトリートと聞くと、
どこか遠くへ行き、
非日常の中で休息をとるイメージが
あるかもしれません。
ですが、
その本質は
「どこかへ行くこと」ではなく、
元の状態に戻っていくことにあります。
春になると
春眠暁を覚えず。
と言われるように、
強い眠気やだるさを感じる方が
多くなります。
たとえば、
生まれたばかりの赤ちゃんは
1日に17時間も眠ると言われていますが、
起きている間に受ける視覚や
聴覚の膨大な情報を処理するために、
頻繁に意識をシャットダウンして、
脳内で整理整頓を行っている時間なんですね。
実は、今の私たちの身体にも、
これと全く同じことが起きています。
春は、
景色に色が増え、
新しい匂いや音が生まれ、
社会的にも人間関係も交差する季節。
空気も濃密になり、
脳に入ってくる「情報量」が
爆発的に増えます。
脳はその情報を処理するために、
強制的なシャットダウン、
つまり眠気を要求しているのです。
同時に、
冬のあいだ寒さから身を守るために
固めていた皮膚の境界線が、
少しずつほどけていく移行期でもあります。
だから、
春の眠気やだるさは
不調ではなく、
身体が自らスペースを作ろうとしている
正常なサインなのです。
春の風物詩である「お花見」も、
実は日本人が古来から無意識に行ってきた
リトリートの一つかもしれません。
日常の建物や街のノイズという「圧」を、
圧倒的な桜の淡い色が覆い尽くす。
あの色の空間に包まれることで、
自分と外の世界との境界線が曖昧になり、
強制的に「個」から
「空間の一部」へと意識が移っていきます。
桜の下でふっと身体が緩むのは、
強烈なスペースの確保が行われているからです。
スペース、余白、間、
これらは、勝手に自律神経を調律する働きがあります。
お花見で余白をつくる。
素晴らしい文化ですね。
話は変わり、
よく山が良いか、海が良いか?
みたいな質問をされることがありますが、
答えは、
どちらも良いです。^ ^
どちらも
自然自体に自律神経は調律する働きがありますから。
ただ、自律神経を調律する時、
特徴としては、
大きく二つの働きがあります。
例えるならば。
山は「充電」。
重力に対してまっすぐに立ち、大地に根を張り、内にエネルギーを集める垂直のエネルギー。
そして、
海は「解放」。
境界をほどき、外との区別をゆるめていく水平のエネルギー。
特に海のような水平線は、
脳の認識の枠を外し、
身体の中に広大なスペースを生み出します。
と、するなば、
情報と外圧でキャパシティが
いっぱいになっている現代の人達が、
無意識に強く求めているのは、
何かを足すことではなく、
海のような力がもたらす圧倒的な「解放」かも
知れませんね。
ただ、
わざわざ遠くの海へ行かなくても、
日常の中でこの「海の解放」を
起こすことができます。
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それが「ゼロ圧」の感覚です。
私たちはストレスや外圧にさらされると、
無意識に自分を守ろうとして、
皮膚という境界線をバリアのように固く張ってしまいます。
壁があるからこそ、
外からの情報がぶつかり、
重さや摩擦と私が生まれるのです。
そんな私という
限られた器の中で情報を処理しようと
頑張るのではなく、
むしろ
その境界線を溶かしてしまうこと。
自分が何かを受け止める
個別の存在ではなく、
意識を水平線のように広げ、
空間そのものになる。

自らが透明な空間に溶け込んでしまえば、
春の膨大な情報も、
日常の重圧も、
引っかかる場所がなくなり
スッと透過していきます。
摩擦も、
重力さえもです。
春の眠気も、
動けない時間も、
無理にコントロールして
整えようとする必要はありません。
「今はまだ不完全だ」
という前提を手放し、
起きている反応をそのまま置いておく。
日常生活の中ふと立ち止まり、
何となく息を吐ききって、
内側に広がる静かな水平線を感じてみる。
あなたが勝手に空間になっている際に、
身体は自然と、
最も心地よいゼロの状態へと
調律されていくはずです。
こんにちは!
お彼岸も過ぎて、
少し間が空きましたが、
今日は大切なことをひとつ書いてみます。
人との関わりの中で、
「しんどくなる人」と
「自然にいられる人」
この違いって、気になりませんか?
栄養や文化などだけでなく、
また技術や性格の問題だけでもなく、
更に奥の深いなところに、
一つの違いがあります。
それは、
「境界線」と「間」です。
一般的に境界線というと?
距離を取ること
相手と自分を分けること。
のように思われがちですが、
本質は少し違います。
境界線とは、
切るものではなく、
“間(あいだ)を持つこと”です。
人と人のあいだにある、
ほんの少しの余白。
触れてはいるけれど、
混ざっていない状態。
この「間」があるかどうかで、
人との関わりの質は大きく変わります。
この間がないと、
相手の感情や空気をそのまま受け取ってしまい、
自分のことなのか、
相手のことなのかがわからなくなります。
周りの空気に巻き込まれる
誰かの機嫌に左右される
必要以上に気を使ってしまう
こういった状態は、
「優しさ」ではなく、
優しさと思っていたものが、
ただ巻き込まれている状態なのかもしれません。
では、
なぜこの「間」がなくなるのでしょうか。
一つは、身体の緊張です。
身体が常にこわばり、
自律神経が過敏な状態になると、
外からの刺激をすべて拾ってしまいます。
いわば、
境界のセンサーが開きっぱなしの状態です。
もう一つは、安心感の不足です。
安心があると、
外の出来事が起きても必要以上に巻き込まれません。
しかし安心が弱いと、
無意識に外に同調し、
自分の中心が外側に引っ張られていきます。
その結果、
出来事に振り回される生き方になっていきます。
本来の状態は、
そのようなものではありません。
嬉しい、嫌だ、
うまくいった、いかなかった、
そういった反応が起こる前に、
もっと静かな場所があります。
思考が動き出す前の「間」。
その場所には、
すでに満ちている感覚があり、
何かを足さなくても成り立っている
状態があります。
境界線とは、
この「間」に戻れるかどうかでもあります。
頭で「これは自分、これは他人」と
分けるのではなく、
間に戻ることで、
自然と混ざらなくなる。
そのとき、
自然と境界線が整っていきます。
だからこそ、
境界線は考え方ではなく、
身体から整えていくことが大切です。
呼吸が静かに戻り、
身体の力が抜け、
足の裏や重さを感じられるようになると、
自然と「間」が生まれてきます。
その状態で人と関わると、
無理に頑張らなくても、
ちょうどいい距離で関わることができるようになります。
施術をしていても、
この「間」が戻ると、
身体の緊張がふっと抜ける瞬間があります。
人とつながりながらも、
自然体でいられる状態。
それが、
「間に生きる」ということかもしれません。
もし今、
人との関わりで疲れていると感じるなら、
「どう関わるか」ではなく、
「どの状態で関わっているか」
そこに少し意識を向けてみてください。
境界線は、
引くものではなく、
もともとある「間」に戻っていることに
気づくことなのかもしれません。^ ^
こんにちは。^ ^
花粉症や大きな気温、気圧の変化で、
肝臓への負担が強まる時期ですね。
寝違え、身体のつり、
口腔内の炎症、
急なギックリ腰に気をつけておきましょう。
今日は、
呼吸が浅い人の“意外な原因”です。
整体をしていると、「この方、呼吸が浅いな」と感じることがあります。
肩こりが続く方や、
疲れが抜けにくい方に多い印象です。
呼吸が浅いと言われると、
「肺の問題なのかな?」
と思われる方も多いのですが、
実は呼吸は
肺だけの問題ではないんですよね。
呼吸は、身体全体を動かしている、
リズムでもあります。
それは海のように、
呼吸は全身に広がる“波”です。
息を吸うと、
横隔膜という筋肉が下に動きます。
すると
肋骨が広がり、
内臓がゆれ、
背骨がわずかに動き、
骨盤底も連動します。
この動きは、
筋膜を通して
全身に波のように広がっています。
呼吸は、
身体の中を流れているんです。
そんな呼吸の中心になるのが
横隔膜という筋肉です。
横隔膜は、
心臓や
肝臓、
胃や、
腰椎など、
多くの組織とつながっています。
そんな横隔膜の動きが小さくなると、
呼吸だけでなく、
血流から、
消化機能、
姿勢制御、
自律神経のバランスまで、
様々に影響していきます。
そう、意外な原因は横隔膜でした。
では、
横隔膜が硬くなる原因とは?
これも複数が混ざり合っていますが、
何らかの思い込みや、
運動不足により、
肋骨が固くなった結果、
デスクワークや
スマホ姿勢が続くことで、
胸が丸まりやすくなった結果、
食べすぎや栄養バランス失調による、
胃や腸などの内臓からお腹が緊張した結果、
職場や人間関係による緊張からの、
交感神経が優位になって、
血管が縮んだ結果、
血糖が不安定により、
アドレナリンなどの
ストレスホルモンが出して、
筋肉を緊張させた結果、
横隔膜を、
硬くさせる原因も多岐にわたります。
そして呼吸が浅いと言われると、
「深呼吸しなきゃ」
と思う方も多いと思います。
ですが。
実際は、無理に吸うことよりも、
呼吸が通る身体を作ることの方が大切です。
状態としては、
肋骨を動くようにし、
背中をやわらかして、
お腹は柔らかくゆるんでいる。
こうした状態になると、
呼吸は自然と深くなっていきます。
呼吸は、
一日中続いている動きです。
だからこそ、
身体の状態がそのまま呼吸に現れます。
もちろん身体が整うと、
呼吸は自然と変わります。
呼吸も
身体からのメッセージ。
整体では、
この呼吸の通りやすさを大切に見ています。
セルフやるには立ち方でそれをつくる訳ですが、それはまた院で受け取れる状態で伝えます。^ ^
こんにちは。
今日は雨ですね。^ ^
低気圧でなんとなく身体が重いと感じている方も多いのではないでしょうか。
頭が痛い。
首や肩がこる。
めまいがする。
やる気が出ない。
気分まで沈みがちになる。
それは気のせいではなくて、
この時期は気温だけでなく、
気圧が大きく上下します。
気圧が下がると、
内耳がその変化を感知し、
脳幹を通して自律神経に影響が及びます。
その結果、
先ず交感神経がやや優位になり、
血管や筋肉が緊張しやすくなります。
ここまでは、
よく知られている話かもしれませんね。
ですが、
本当に注意したいのはその先です。
気圧によって揺れている神経に、
血糖の乱高下が重なるとどうなるでしょうか?
血糖が急に上がると、膵臓から
インスリンが分泌されます。
その後、血糖が
急に下がると、
身体は低血糖を防ぐために
アドレナリンやコルチゾールを分泌します。
これは、
身体にとって軽いストレス反応です。
つまり、
気圧によるストレスの他に、
血糖によるストレスが重なり、
副腎は二重に働くことになります。
その状態が続くと?
頭痛が起こりやすくなり、
関節が痛みやすくなり、
気分も不安定になりやすくなります。
イライラや不安感も、
意志の弱さではなく、
生理学的な反応であることが
少なくありません。
季節の変わり目にしんどくなる方は、
代謝の土台が少し揺れている可能性があります。
血糖を安定させるためには、
朝にたんぱく質をしっかり摂ること。
炭水化物だけの食事を避けること。
甘いものは単独で食べないこと。
空腹時間を長くしすぎないこと。
そして、
野菜から食べることも、
血糖を安定させる一つの方法です。
ですが、
順番だけにこだわるよりも、
たんぱく質と脂質をしっかり含めた、
食事全体の設計が大切です。
特別なことではありません。
ただ、安定させる。
それだけです。
気圧は変えられません。
ですが、血糖の安定は
整えることができます。
季節の変わり目は、
頑張る時期ではありません。
攻める時期でもありません。
土壌を整える時期です。
血糖が安定すると、
神経が落ち着き、
炎症がやわらぎ、
回復力が戻ります。
命綱は、外ではなく、
身体の内側にあります。
今日のような雨の日こそ静かに整えていきましょう。^ ^
こんにちは。
今日はすり減らない身体について。
頑張れば進めれる!
気合いを入れれば、成果も出せる!
評価もついてくる!
でも?
どこかで乾いてくることはありませんか?
達成しているのに、
満たされない。。。?
それは性格の問題でも、努力不足でもありません。
もしかすると、いつもお話している
神経の順番が、少し入れ替わっているだけかもしれません。
身体は脳の認識よりも、
いつも先に知っています。
呼吸が浅い。
眠りが浅い。
お腹が固い。
甘いものがやめられない。
しかも、
イライラが増えてて、
焦りが強くなっていて、
新しい刺激を求めてしまう。。。
身体は、静かにサインを出しています。
それでも多くの場合は、さらにアクセルを踏んでしまう。
学校教育で、
真面目な人ほど、そうなりやすい。
刺激は悪くない。
挑戦も成功も、
悪いものではありません。
ドーパミンはエンジン。
進むための大切な力なんです。
でも、エンジンだけでは長く走れません。
土台が必要です。
土台とは何でしょうか?
具体的には、
血糖が安定していること。
腸が静かであること。
副腎が落ち着いていること。
皮膚が安心していること。
などです。
どれも派手ではありません。
SNSにも映りません。
でも、
ここが整っていると心も揺れにくくなります。
ここが崩れると、
どんな成功もどこかで苦しくなります。
腸は境界。
腸は、外と内のあいだです。
ここが疲れていると、
間が埋まって、
世界に対しても少し警戒が増えます。
呼吸が浅くなり、
知らないうちに力が入ってしまってる。
そして安心が減ると、何かの動画や、
何かのイベント、
とりあえず手っ取り早い刺激で埋めたくなる。
でも本当に必要なのは、安心、
そのものかもしれません。
血糖は感情の地盤です。血糖が落ちると、
交感神経が立ち上がります。
焦る。
怒る。
不安になる。
それは弱さというよりも、
エネルギー不足ってこと。
土台が揺れているだけです。
整えば、
気持ちも自然に落ち着いてきます。
触れるという回復、
強い刺激ではなく侵入しない触れ方。
ゆっくり、ふわっと、あたたかく。
皮膚が安心すると、
脳の感情を司る扁桃体が静まり、
内臓へ巡る迷走神経が戻ります。
身体は思い出します。
守らなくても大丈夫なんだと。
そこから回復は始まります。
副腎が疲れていませんか?
成功欲求の奥にあるのは、安心したい気持ちでは無いですか?
慢性的なストレスは、副腎を静かに消耗させます。
疲れているときほど、
成果を求めてしまうんです。
それも理由は簡単で、
認められれば安全だと、アタマが思い込んでいるから。
でも本当に必要なのは、
楽しいとか、役に立つとか、自信がどうとかではなくて。
休める神経です。
守られながらやってくる順番は、
先ず整う。
いわゆるセロトニン的な「安定」
朝日浴、リズム運動、深い呼吸、
腸内環境への食事。
↓
そしてつながり。
オキシトシン的な「つながり」
信頼、安心できる関係で触れられること。
↓
そして淡々と動くです。
仕事、勉強、遊び、エンジョイ。
ドーパミン的な活動です。
この順番を守るだけで、挑戦は続きます。
順番が逆になると、
どこかで燃え尽きます。
ですので荻野接骨院は、
治す場所というより、取り戻す場所です。
呼吸を。
体温を。
安心を。
何かを足す前に、
何かを証明する前に、
身体がそっと静かであること。
その上に、
仕事も、夢も、成功も、自然に乗っていきます。
最後に、
もし少しすり減っているなら、
刺激を増やさなくて大丈夫です。
まずは、
血糖を整え、
腸を休め、
副腎をいたわり、
触れられてゆるむ。
すると不思議と追わなくても進んでいます。
満たされている身体は、
強いんです。
焦らないんです。
そして、壊れにくいんです。^ ^
こんにちは。
立春も訪れて、
新しい春がやってきましたね。
今回の内容は、
「治してほしい」から「整えながら生きる」へです。
身体が痛くなったら治す。
とか、
悪くなったら治療する。
とか。
これらは当たり前のようで、
実はとても現代的な考え方かもしれません。
健診で異常がない。
病名がついていない。
だから健康。
でも、実際の現場ではよくあります。
検査は正常。
けど、しんどい。
数値は問題なし。
けど、身体が重たい。
「病気じゃない=元気」
とは限らないんですよね。
臨床で、
よく聞かれる質問があります。
「何が原因ですか?」
「何をしたら治りますか?」
その気持ちは自然やと思います。
でも正直に言うと、
身体の不調はほとんどの場合、
ひとつの原因だけでは起きません。
神経。
血流。
内臓。
呼吸。
栄養。
睡眠。
感情。
我慢や思考のクセ。
気温や見えない電磁波など。
いろんなものが重なり合って、
今の状態ができています。
だから
「これが原因です」
「これだけやれば治ります」
という答えの方が、
実は不自然なんです。
病気の域に入ったときは、
医療による治療が必要です。
これは大切なライン。
ただ、それよりもっと手前の世界があります。
それが
日々の暮らし。
毎日の姿勢。
呼吸の浅さ。
スマホを見る角度。
寝る時間。
食べ方。
人に気を遣いすぎる癖。
そういう積み重ねが、
静かに身体をつくっています。
そう、これは「治療」ではなく
「養生」と呼べる領域。
整体も本来は、
治す場所というより
整えて、
気づく場所やと思っています。
でも、
「私は身体の専門家じゃないから」
そう言って、その身体を
全部誰かに預けてしまう人も多いです。
でも本当は、
その身体に一番長く向き合っているのは誰なんですかね?
違和感に気づくのも、
疲れを感じるのも、
無理してるサインを受け取るのも。
自分って呼んでるもの。
ですよね。
専門家に任せる前に、
ちょっと立ち止まって
その身体に興味を向けてみる。
それだけでも、
身体から少し静かさが伝わってきます。
施術でよく感じるのは、
身体は生活だけで固まるんじゃなくて、
「無意識の緊張」
「守ろうとする力み」
でも固まるということ。
がんばりすぎてるとき。
我慢してるとき。
気を張り続けてるとき。
首やお腹や骨盤に、
それが現れることもあります。
そんな時に大事なのは、
治してもらう、よりも
整えながら生きる意識。
完璧じゃなくていい。
ちゃんとできなくてもいい。
ただ、
その身体を
雑に扱わない。
それだけでそれだけで、身体は少し安心するんです。
「治してほしい人」から
「整えながら生きたい人」へ。
その変化は、
ゆっくりで大丈夫。
身体はちゃんと、それについてきます。
応援してます。




























































