お墓参りと先祖供養のススメ。
こんにちは〜。
昼間の温かさのお陰で、
とても気持ち良い日光浴日和が続きますね。
お散歩はいかがでしょうか?
そんなことしている時間が無いって、
忙しさを主張されている人もいますが。
時間は実は作れますよ。
やり方は簡単で、今日から
スマホを見ないでください。
私のブログも特に読む必要もないですよ。
どうしても情報と関わりたい方は、
音で聞くだけにしてみましょう。
とりあえず目を使うことをやめてみる事。
それだけで、
時間の流れが穏やかになり、
逆に濃ゆく健やかな人生にチェンジされる
キッカケになりますよ。
もしも貴方が死ぬ前に、
スマホで見ていた事や、
書き込んだり、
写真を載せたりしたことを
思い出して、
幸せな気持ちになることは
少ないでしょうから。
もーう暇っで暇で仕方ないなら、
全然構いませんけどね。
スマホをいじっている時間が長い人ほど、
大切なことが疎かになっていて、
忙しいだ、寝不足だ、調子悪いだ、と
イライラを、
押し付けてる傾向がありますからね。
それは小麦や砂糖と同じく中毒です。
ドーパミン報酬系や、
または電磁波障害で、
脳がやられてるだけですからね。^ ^
では本題へ。
先月、知り合いの先生のススメで、
破墓というホラー系のお墓の映画を観てきました。
ので、
今日は先祖供養のことについて。
有名な話では、
世界中を見てみると、
亡くなった人の墓を立てていて、
定期的に供養をしている民族は、
していない民族や国と比べると
安定している事が多いようです。
映画では、
先祖を風水的に変な山?みたいなところに入れて、
子孫に呪いがかかるような話でしたが。
日本でも大体成功者と言われるような
運の強い人や、家系や企業のトップは、
先祖との関係が強いようです。
要はご先祖さんの名を、
しっかり思い出す行為をしている。
例えば、法事や墓参りをしているみたいな。
これには理由があって、
先祖供養の習慣が、
日本人の行動する柱となるからなんですね。
日本にはキリスト、ユダヤ、イスラム教のような宗教感よりも、
自然の中に神さんを感じる考え方が
長く生かされています。
人は2度死ぬ。
1度目は肉体の死で、
2度目は生きている人から名を忘れられた時。
みたいな名言がありますが、
日本語の単位を数える字の中でも、
亡くなった動物たちは、
牛豚は一頭、
鶏は一羽、
魚は一尾、
と数えますが、
人間は、一名。
最後に残るものを数の単位として
扱ってるんですね。
先祖の名を尊い、敬い、
手を合わせて忘れない事は、
命の繋がりを思い出せて、
たくさんの人の時間のつながり、
今ここに貴方が存在していること。
それを感じさせてくれます。
ちなみに先祖供養の精神は信仰心となり、
外国でいう宗教とは言えませんが、
祖霊からの教えを実践する中で、
例えば、
お盆やお彼岸などの時期に、
家族でまたは親戚達と、
先祖をお迎えして送りだし、
会話をする中で、
見える形で、
また見えないものにも、
作法を学び、
山や川、草木や海、
星や太陽に、
自然と心をよせて、
手を合わせる姿見を伝えていく。
そんな習慣が、人生を
生きる上での一筋の柱となります。
そもそも供養とは、
人が共に生きて、養い成長していく
という思いが込められていて、
亡くなった人の徳を継いで、
一緒に生きていくと、
いう本質が隠されています。
人の心は、
芯でもあり、
神でもあり、
それ自体が人を支える柱になっている。
支えてもらえる柱のある人生は
安心できますね。^ ^
また、柱は受け持ちとなり、
人と人を結ぶ橋渡しにもつながります。
縁ができると言うことです。
ちなみに神様を数える単位は?
1柱です。
読んでしまったあなたは、
一族のお墓参りへ、
もしくは、
ご先祖様の名を思い、手を合わせてみましょう。
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