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こんにちは。
今日は雨ですね。^ ^
低気圧でなんとなく身体が重いと感じている方も多いのではないでしょうか。
頭が痛い。
首や肩がこる。
めまいがする。
やる気が出ない。
気分まで沈みがちになる。
それは気のせいではなくて、
この時期は気温だけでなく、
気圧が大きく上下します。
気圧が下がると、
内耳がその変化を感知し、
脳幹を通して自律神経に影響が及びます。
その結果、
先ず交感神経がやや優位になり、
血管や筋肉が緊張しやすくなります。
ここまでは、
よく知られている話かもしれませんね。
ですが、
本当に注意したいのはその先です。
気圧によって揺れている神経に、
血糖の乱高下が重なるとどうなるでしょうか?
血糖が急に上がると、膵臓から
インスリンが分泌されます。
その後、血糖が
急に下がると、
身体は低血糖を防ぐために
アドレナリンやコルチゾールを分泌します。
これは、
身体にとって軽いストレス反応です。
つまり、
気圧によるストレスの他に、
血糖によるストレスが重なり、
副腎は二重に働くことになります。
その状態が続くと?
頭痛が起こりやすくなり、
関節が痛みやすくなり、
気分も不安定になりやすくなります。
イライラや不安感も、
意志の弱さではなく、
生理学的な反応であることが
少なくありません。
季節の変わり目にしんどくなる方は、
代謝の土台が少し揺れている可能性があります。
血糖を安定させるためには、
朝にたんぱく質をしっかり摂ること。
炭水化物だけの食事を避けること。
甘いものは単独で食べないこと。
空腹時間を長くしすぎないこと。
そして、
野菜から食べることも、
血糖を安定させる一つの方法です。
ですが、
順番だけにこだわるよりも、
たんぱく質と脂質をしっかり含めた、
食事全体の設計が大切です。
特別なことではありません。
ただ、安定させる。
それだけです。
気圧は変えられません。
ですが、血糖の安定は
整えることができます。
季節の変わり目は、
頑張る時期ではありません。
攻める時期でもありません。
土壌を整える時期です。
血糖が安定すると、
神経が落ち着き、
炎症がやわらぎ、
回復力が戻ります。
命綱は、外ではなく、
身体の内側にあります。
今日のような雨の日こそ静かに整えていきましょう。^ ^
こんにちは。
今日はすり減らない身体について。
頑張れば進めれる!
気合いを入れれば、成果も出せる!
評価もついてくる!
でも?
どこかで乾いてくることはありませんか?
達成しているのに、
満たされない。。。?
それは性格の問題でも、努力不足でもありません。
もしかすると、いつもお話している
神経の順番が、少し入れ替わっているだけかもしれません。
身体は脳の認識よりも、
いつも先に知っています。
呼吸が浅い。
眠りが浅い。
お腹が固い。
甘いものがやめられない。
しかも、
イライラが増えてて、
焦りが強くなっていて、
新しい刺激を求めてしまう。。。
身体は、静かにサインを出しています。
それでも多くの場合は、さらにアクセルを踏んでしまう。
学校教育で、
真面目な人ほど、そうなりやすい。
刺激は悪くない。
挑戦も成功も、
悪いものではありません。
ドーパミンはエンジン。
進むための大切な力なんです。
でも、エンジンだけでは長く走れません。
土台が必要です。
土台とは何でしょうか?
具体的には、
血糖が安定していること。
腸が静かであること。
副腎が落ち着いていること。
皮膚が安心していること。
などです。
どれも派手ではありません。
SNSにも映りません。
でも、
ここが整っていると心も揺れにくくなります。
ここが崩れると、
どんな成功もどこかで苦しくなります。
腸は境界。
腸は、外と内のあいだです。
ここが疲れていると、
間が埋まって、
世界に対しても少し警戒が増えます。
呼吸が浅くなり、
知らないうちに力が入ってしまってる。
そして安心が減ると、何かの動画や、
何かのイベント、
とりあえず手っ取り早い刺激で埋めたくなる。
でも本当に必要なのは、安心、
そのものかもしれません。
血糖は感情の地盤です。血糖が落ちると、
交感神経が立ち上がります。
焦る。
怒る。
不安になる。
それは弱さというよりも、
エネルギー不足ってこと。
土台が揺れているだけです。
整えば、
気持ちも自然に落ち着いてきます。
触れるという回復、
強い刺激ではなく侵入しない触れ方。
ゆっくり、ふわっと、あたたかく。
皮膚が安心すると、
脳の感情を司る扁桃体が静まり、
内臓へ巡る迷走神経が戻ります。
身体は思い出します。
守らなくても大丈夫なんだと。
そこから回復は始まります。
副腎が疲れていませんか?
成功欲求の奥にあるのは、安心したい気持ちでは無いですか?
慢性的なストレスは、副腎を静かに消耗させます。
疲れているときほど、
成果を求めてしまうんです。
それも理由は簡単で、
認められれば安全だと、アタマが思い込んでいるから。
でも本当に必要なのは、
楽しいとか、役に立つとか、自信がどうとかではなくて。
休める神経です。
守られながらやってくる順番は、
先ず整う。
いわゆるセロトニン的な「安定」
朝日浴、リズム運動、深い呼吸、
腸内環境への食事。
↓
そしてつながり。
オキシトシン的な「つながり」
信頼、安心できる関係で触れられること。
↓
そして淡々と動くです。
仕事、勉強、遊び、エンジョイ。
ドーパミン的な活動です。
この順番を守るだけで、挑戦は続きます。
順番が逆になると、
どこかで燃え尽きます。
ですので荻野接骨院は、
治す場所というより、取り戻す場所です。
呼吸を。
体温を。
安心を。
何かを足す前に、
何かを証明する前に、
身体がそっと静かであること。
その上に、
仕事も、夢も、成功も、自然に乗っていきます。
最後に、
もし少しすり減っているなら、
刺激を増やさなくて大丈夫です。
まずは、
血糖を整え、
腸を休め、
副腎をいたわり、
触れられてゆるむ。
すると不思議と追わなくても進んでいます。
満たされている身体は、
強いんです。
焦らないんです。
そして、壊れにくいんです。^ ^
こんにちは。
立春も訪れて、
新しい春がやってきましたね。
今回の内容は、
「治してほしい」から「整えながら生きる」へです。
身体が痛くなったら治す。
とか、
悪くなったら治療する。
とか。
これらは当たり前のようで、
実はとても現代的な考え方かもしれません。
健診で異常がない。
病名がついていない。
だから健康。
でも、実際の現場ではよくあります。
検査は正常。
けど、しんどい。
数値は問題なし。
けど、身体が重たい。
「病気じゃない=元気」
とは限らないんですよね。
臨床で、
よく聞かれる質問があります。
「何が原因ですか?」
「何をしたら治りますか?」
その気持ちは自然やと思います。
でも正直に言うと、
身体の不調はほとんどの場合、
ひとつの原因だけでは起きません。
神経。
血流。
内臓。
呼吸。
栄養。
睡眠。
感情。
我慢や思考のクセ。
気温や見えない電磁波など。
いろんなものが重なり合って、
今の状態ができています。
だから
「これが原因です」
「これだけやれば治ります」
という答えの方が、
実は不自然なんです。
病気の域に入ったときは、
医療による治療が必要です。
これは大切なライン。
ただ、それよりもっと手前の世界があります。
それが
日々の暮らし。
毎日の姿勢。
呼吸の浅さ。
スマホを見る角度。
寝る時間。
食べ方。
人に気を遣いすぎる癖。
そういう積み重ねが、
静かに身体をつくっています。
そう、これは「治療」ではなく
「養生」と呼べる領域。
整体も本来は、
治す場所というより
整えて、
気づく場所やと思っています。
でも、
「私は身体の専門家じゃないから」
そう言って、その身体を
全部誰かに預けてしまう人も多いです。
でも本当は、
その身体に一番長く向き合っているのは誰なんですかね?
違和感に気づくのも、
疲れを感じるのも、
無理してるサインを受け取るのも。
自分って呼んでるもの。
ですよね。
専門家に任せる前に、
ちょっと立ち止まって
その身体に興味を向けてみる。
それだけでも、
身体から少し静かさが伝わってきます。
施術でよく感じるのは、
身体は生活だけで固まるんじゃなくて、
「無意識の緊張」
「守ろうとする力み」
でも固まるということ。
がんばりすぎてるとき。
我慢してるとき。
気を張り続けてるとき。
首やお腹や骨盤に、
それが現れることもあります。
そんな時に大事なのは、
治してもらう、よりも
整えながら生きる意識。
完璧じゃなくていい。
ちゃんとできなくてもいい。
ただ、
その身体を
雑に扱わない。
それだけでそれだけで、身体は少し安心するんです。
「治してほしい人」から
「整えながら生きたい人」へ。
その変化は、
ゆっくりで大丈夫。
身体はちゃんと、それについてきます。
応援してます。
こんにちは!
今日は興味深い、
江戸時代の武士の在り方からみた、
お話をギフトさせて頂きます。
江戸時代、
侍達は刀を腰に差して生きていました。
だけど、実は刀って、
「抜くため」だけにあるものでは
なかったらしいんですよね。
実際使うのは、
親や師匠の敵討のみ認めるみたいな、
法律があったみたいで。
当たり前なんですが、
町人とぶつかったりしたからと
本当に抜いてたら、
相手が傷つきますし、
場合によっては、命が終わる。
そして罪として牢屋行き。
だからこそ、
侍の世界には「抜かずに済ませる」
ための文化があったんだそうです。
使わずに、
武士の在り方を現す
といった立ち位置。
だから、
争う前に勝負をつける。
戦う前に場を収める。
言い換えるなら、
強さとは「勝つこと」よりも、
争いを起こさない“構え”にあった
とも言える話なんです。
最近、とある対談の中で
武士達が、右側を歩くのは、
『私は抜きません』という所作を表していた
みたいな話が出ていました。
これが事実かどうかは置いといて。
この話、
ものすごく象徴的で面白くないですか?
実は現代でも、
みんな刀を差して生きている。
ただ、形が違う。
現代の刀は、鉄ではないです。
なんだと思いますか?
それは、
現代の刀は、
「正しさ」でしょうか。
正しさは、めちゃくちゃ切れます。
しかもすぐ抜ける。
居合術者もびっくりするくらい。
むしろ、抜く方が簡単。
場面としては、
夫婦の会話で。
親子の会話で。
職場の空気で。
SNSのコメント欄で。
相手の言葉に引っかかった瞬間、
こっちは一瞬で刀を抜ける。
「それは違うやろ」
「普通こうやろ」
「常識的に考えて」
「なんで分からへんの?」
「私の方が正しい」
「あなたが間違ってる」
「謝るべき」
「改めるべき」
これらは全部、
正しさの刀に見えませんか?
切れ味抜群!!
その場では勝った気になる。
でもそのあとに残るのは、
相手の傷だったり、
場の凍りつきだったり、
関係の距離だったりする。
正しさを抜くと相手は切れる。
それだけやなくて、自分も切れる。
自分が作り出した「正義」に
自分が縛られて、
戻ってこれなくなる。
おもしろいのは、
正しさって「自信」から抜くんじゃない事がわかってて、
むしろ「不安」から抜くことが多いみたいで。
分かってほしい。
否定されたくない。
大事にされたい。
安心したい。
認められたい。
守りたい。
その感情の奥にある不安が、
正しさの刀を抜かせる。
正しさって、
相手を斬るためにあるんじゃなく、
自分の不安を守るために抜きたくなるもの。
だからこそ、
「右側を歩く」って比喩所作が、
今の時代に効いてくる。
右側を歩く。
それは、
正しさを抜かない所作。
抜けるのに抜かない。
言い返せるのに言い返さない。
論破できるのに論破しない。
黙って突き放せるのに、突き放さない。
勝てるのに勝ちを作らない。
これは弱さじゃなくて、
むしろ、強さに見えませんか?
正しさを抜かないというのは、
相手に負けることではないんですね。
「勝ち負け」の土俵に乗らないということ。
争いの世界線に入らないということ。
よくあるのが、正しさを抜かへんと、
「自分が負けた気がする」
って感じるパターン。
でも実際は違います。
正しさを抜くと、勝てるかもしれません。
けど、関係は負けます。
空気は負けます。
未来は負けます。
そして最後、自分の心が負けています。
抜けるけど抜かない。
この間、余白があるだけで、
余計な摩擦や、大切にしていた関係が
終わらなくて済むかも知れません。
これは整体の施術にも似ています。
身体を変えるために、
圧という刀は、簡単に抜ける。
効かせることもできる。
その場で変化を出すこともできる。
それらも時に必要な場面もあります。
でも、
抜かない方が深く整う時があるんです。
圧で変えるんじゃなくて、
安心の場を作って、
身体が勝手に戻るのを待つ。
「技で勝つ」ではなく、
「整いが起きる世界線を選ぶ」。
それはある意味、
現代の“無刀取り”みたいなものかもと思ったりしてます。
正しさってのは、手放すのは難しい。
なぜなら、
正しさは気持ちいいから。
自分が正しいと思えた瞬間、
一瞬だけ不安が消える。
でも、その気持ちよさには代償があるのでした。
相手との距離。
場の緊張。
心の硬さ。
だから今日、
ひとつだけ提案してみます。
現代の刀は「正しさ」。
そして右側を歩くとは、
正しさを抜かない所作。
抜けるのに抜かない。
してみません?
これができた時、
勝ち負けとは別のところで、
世界が静かに整い始めるかも知れません。。
争いを終わらせるのは、
言葉や理屈よりも、
所作かもしれませんよ。
あなたの今日の一歩が、右側になりますように。^ ^
こんにちは。
お正月と言う特別な時期から、
日常へとリズムは整ってきましたでしょうか?
今日は細胞の中にいて、
エネルギーを作り出してくれている、
ミトコンドリアについてです。
最近になって、
「ミトコンドリアが大事」という話をよく耳にします。
確かに、
ミトコンドリアは、
エネルギーを生み出すとても重要な存在です。
疲れやすさや、
回復力の低下を語るときに、
避けて通れないテーマやと思います。
ただ、
少しだけ立ち止まって
見ておきたいことがあります。
身体を発電所と配線に例えてみます。
ミトコンドリアは
発電所の役割。
でも、
発電所がどれだけ元気でも、
配線が絡まっていたり
途中で漏電していたり
スイッチが入りっぱなしやったりすると、
電気は
うまく必要な場所まで届きません。
実際の身体でも同じことが起きています。
眠りが浅い
呼吸が詰まっている
常に緊張している
血糖の波が大きい
不安や焦りが抜けない
こういった
「配線側の乱れ」がある状態で、
ミトコンドリアを上げる・活性化する
という刺激だけを入れると、
エネルギーは増えても身体は楽にならず、
逆に、
ソワソワしたり
眠れなくなったり
落ち着かなくなることがあります。
これはサプリメントでも同じです。
COQ10
NMN
NAD+
これらは良い・悪いで分けるものではなく、
身体に入る「刺激」として捉えた方が
分かりやすいと思います。
刺激はその人の状態によって全く違う反応を起こします。
楽になる人
動きやすくなる人
呼吸が深くなる人
そういう方もいれば、
ソワソワする
目が冴えて眠れない
気持ちが落ち着かない
そうなる方もいます。
この違いは、
ミトコンドリアが良いか悪いかではありません。
多くの場合、
エネルギーが増えた分だけそれを制御する
神経・血糖・ホルモン・炎症の
バランスの弱さが表に出ているだけです。
発電量の問題ではなく、流し方の問題です。
身体は頑張らせるほど元気になるとは限りません。
むしろ、
静まる
緩む
抜ける。
そういう方向を求めていることも少なくありません。
整体でも
栄養でも
先ず大切なのは、
何かを足すことより邪魔を減らすこと。
流れが整えば、ミトコンドリアはこちらが意識しなくても自然に働き始めます。
ミトコンドリアは大切です。
でも主役ではありません。
主役は今この瞬間の身体の状態です。
本来ならば、
エネルギーは作り出すものというより、
整った状態から自然に湧き上がってくるもの。
そんなふうに捉えてみても
いいのかもしれません。^ ^
こんにちは!
今日のタイトルは、
若いうちから健康を意識したほうがいいの?
です。
これを正月明けの身体から考えてみてみましょう!^ ^
今日は1月3日です。
年末年始は、
食べすぎたり、飲みすぎたり、
知らん間に生活リズムが少し乱れた人も多いと思います。
まあでも、それでもいいんです。(^^)
お正月ですから。笑
ただ、ここでひとつだけ。
それは、
身体の感覚に目を向けてみてほしいんです。
例えば、
胃が重いとか、
体がだるいとか、
朝が起きにくいとか?
むくみやすくなってるとか。
これらは「失敗」ではなく、
実は、
身体がちゃんと反応しているサインです。
正直に言うと、
健康を意識するのは、
体を壊した時でも、
頑張る時でもなく、
こういう「ズレたあと」が
一番やりやすいはずです。
健康って、構造が
お金の投資と少し似ています。
一気に何かを変えなくても、
ほんの少し整えるだけで、
あとがかなり楽になります。
ただし、
身体の投資にはひとつ特徴があります。
それは、後戻りがしにくいということ。
若い頃は多少の無理がききます。
食べすぎても、
寝不足でも、
「まぁ大丈夫」と感じられるかもしれません。
でもそれは、
回復しているというより、
体力でカバーしているだけの場合が
ほとんどです。
体を壊してから始める健康対策は、
プラスを増やすというより、
マイナスを減らす作業になりがちです。
だからといって、
正月明けにストイックになる必要は
ありません。^ ^
いきなり食事を制限しなくていい。
無理に運動を始めなくていい。
「リセット」しようとしなくていい。
大事なのは、そう、
今の身体の状態をちゃんと感じてあげること。
「少し重たいな」
「ちょっと疲れてるな」
それに気づけるだけで、
身体は自然に元のリズムへ戻ろうとします。
でもどうせ健康を意識するなら、
「壊してから」ではなく、
「元気と不調の間」にいる今のうちに、、
が理想的かな。
年明けは、
何かを始めるより、
身体に耳を澄ませるのに
ちょうどいい時期ですね!
新年あけましておめでとうございます。
旧年中は、
荻野接骨院に足を運んでくださり、
ありがとうございました。
年の始まりですが、
今年は「頑張るような話」ではなく、
いつもお伝えしている
「間(スペース)」について
少しだけ言葉を置いてみます。
もしも今受け取れるならば、
何も感じないとか、
何も考えないとか、
何もしないとか、
そんな時間を、
ほんの少し広げてみてください。
「間」をきれいにしようとすることも、
実は余計な手出しになります。
「間」は、
もともと何もしなくても
きれいなものだからです。
水と油が、
かき混ぜなければ
自然に分かれるように。
湖面が、
風が止めば
勝手に凪ぐように。
院での施術の時間は、
何かを足すためのものではなく、
身体が本来の静けさを
思い出すための時間だと感じています。
施術では触れることもありますが、
何かを「起こそう」とするより、
身体がほどけていくのを
邪魔しないようにしています。
新しい年も、
無理に整えなくて大丈夫です。
身体に任せて、
呼吸の「間」に
少し身を預けてみてください。
本年も、
どうぞよろしくお願いいたします。
荻野接骨院
エネルギー学整体研究所
武術指導の養人塾
代表荻野
こんにちは。^ ^
明日は大晦日ですね。
年末は、
何かを終わらせたり
まとめたりする時期やと
思われがちですが、
今年は
何も完成させなくても
いいとしたら?
健康も、
成長も、
手放そうともしなくていいとしたら?
ただ、
わかった気だけ、
空間へ返してみたら?
あとは、
何となく身体に任せて、
年を越すのも面白いかも知れませんね。
本年も、
ここまで読んでくださり
ありがとうございました。
日々、
身体を通して
ご一緒できたことに感謝します。
どうぞ、
静かな年越しを。
こんにちは。^ ^
12月ですねー。
寒さが厳しくなると、
無意識のうちに身体がギュッと
縮こまってしまいませんか?
今日は温泉入浴のすすめの話です。
皆さんは毎日のお風呂、
ただ「汚れを落とすため」
だけに入っていませんか?
実は、お湯に浸かっているその時間、
この身体では驚くほどダイナミックな変化が起きています。
それは単なる休息ではなく、
ズレたり滞ったりした身体を
「元のニュートラルな状態」
に戻すための精密なプログラムのような
ものです。
今日は、普段の施術でも
大切にしている、
「身体本来の機能を取り戻す」という視点から、
温泉やお風呂が持つ、
9つのチカラについてお話しします。
今夜の入浴がただの習慣から
「最高のメンテナンス時間」に変わるきっかけになるかも知れません。^ ^
【フェーズ1:お湯に入った瞬間、物理的に解き放たれる】
まず、お湯に入った瞬間に働くのは
「物理学」の力です。それは、
1. 水圧:天然の着圧ポンプ
お湯に浸かると、身体は水圧によって全方向から締め付けられます。
陸上で生活していると、
重力の影響で血液の約70%は下半身に溜まりがちですが、
この静水圧がポンプの役割を果たし、
滞った血液を心臓へと押し戻してくれます。
お風呂上がりに脚がスッキリするのは、
この強力なポンプ作用のおかげです。
2. 浮力:重力からの解放(体重は1/10に)
お湯の中では、浮力の作用で体重が陸上の約10分の1に感じられます。
この身体は普段、
立っているだけでも重力に抗うために筋肉や関節を緊張させています。
お湯の中は、
その役割から完全に解放される唯一の場所なんですよ。
「脱力しよう」と意識しなくても、
物理的に勝手に緩んでしまうのです。^o^
3. 粘性・抵抗:優しい負荷
水には空気とは違う「粘り気(粘性)」
があります。
お湯の中で身体を動かすと、
陸上の3〜4倍の負荷がかかりますが、
浮力があるため関節への負担は少なく、
これが無理のない適度な運動になります。
ただ浸かっているだけでも、
この抵抗が身体への程よい刺激となります。
【フェーズ2:成分と熱が、内側を変えていく】
次に、
身体の内側(化学・生理学)の
スイッチが入ります。
4. 温熱と被膜:熱を閉じ込める「見えない膜」
温泉成分(特に塩化物泉など)は、
肌の表面に「塩皮膜」という膜を作ります。
これがフタとなり、
肌の水分や熱を逃しません。
真水よりも湯冷めしにくく、
ポカポカと温かい状態が続くのは、
この見えない膜が熱をパックしてくれているからです。
5. ガス交換:血管の大掃除
炭酸泉などに含まれるガス(二酸化炭素)は、
皮膚から浸透して毛細血管に入り込みます。
すると、血管が拡張し、
血流に乗って全身を巡ります。
これにより、
老廃物の排出(デトックス)が促され、
酸素や栄養が身体の隅々の細胞まで届きやすくなります。
6. 免疫力:NK細胞の活性化
非常に興味深いデータがあります。
温泉に入浴した2日後には、
ウイルスやがん細胞などを攻撃する
「NK細胞(ナチュラルキラー細胞)」の
働きが高まったという報告があります。
お風呂は、
身体の防衛軍を元気にする習慣とも言えます。
【フェーズ3:そして、心と脳が整う】
最後に、神経系へのアプローチです。
7. 自律神経:37〜40℃の魔法
お湯の温度は、
自律神経の切り替えスイッチです。
42℃以上の熱いお湯は「交感神経(興奮)」を刺激しますが、
37〜40℃のぬるめのお湯は「副交感神経(リラックス)」を優位にします。
現代人は交感神経が高ぶりやすいので、
ぬるめのお湯で意識的にスイッチをオフにすることが大切です。
8. 鎮痛作用:痛みの悪循環を断つ
温まることで血流が良くなり、
痛みの原因となる物質が流されます。
「痛いから緊張する→血流が悪くなる→さらに痛む」
という悪循環を、温熱効果が断ち切ってくれます。
9. 快眠:体温のダイナミクス
人は、身体の深部体温が下がる時に
強い眠気を感じます。
入浴で一度しっかり体温を上げておくと、
その後の体温低下の幅(落差)が大きくなり、
スムーズに深い眠りに入れます。
入浴により、深い睡眠を示す
「デルタ波」が増えることも分かっています。
最後に、
自宅のお風呂を「湯治場」に変える方法をご紹介します。
ここまでお話ししたように、
お風呂は単なる洗浄の場ではなく、
重力を外し、循環を戻し、神経を整える
「身体のメンテナンス・カプセル」です。
とはいえ、
毎日温泉に行くのは難しい。。かも。
「身体にいいのは分かっているけど、忙しくて……」
そんな方には、
自宅でのバスタイムを大切にしてほしいので、
当院では、「自宅でできる温泉療法」として、とある入浴剤をご紹介しています。
それは、
浸かる全身美容液「ufv バスパウダー」です。
これ実は単なる入浴剤じゃなくて、
おすすめする理由は沢山あるんですが、
先ほどお話しした「温泉のメカニズム」を、
自宅で高いレベルで再現してくれるからです。
先ず「微振動」で巡りを変えます。
パッケージにある「ufv」とは、
超微振動のこと。
目には見えませんが、
この特定の振動が身体の水分に共鳴し、
こわばった筋肉をほぐしたり、
血流をサポートしたりします。
更に美肌の「被膜」を作ります。
「塗る全身美容液」の名の通り、
保湿力が非常に高いのが特徴です。
温泉成分が肌に膜を作るように、
このパウダーも肌をしっとりと包み込みます。
「温泉に行く時間はないけれど、身体をなんとかしたい」
そんな時は、
とりあえずこのパウダーを入れて、
ゆっくり15分浸かってみてください。
いつものお家の浴槽が、
最高のメンテナンスルームに変わってる
かも知れませんよ。^ ^
しかも、温泉施設との最大の違いは、
これで塩素も除去されてるところ。
肌の弱い方にはピッタリかもです。
こんにちは。
今日お伝えするのは、
知っても知らなくても、
どちらでも良いシリーズです。
それは、
呼吸法の真髄とも言われる、
無軸の呼吸です。
呼吸が整ってくると、
次第に「中心」という感覚も
薄れていきます。
最初は、
体のどこかに静けさの核のようなものを
感じるかもしれません。
けれど、
その中心がはっきりしているうちは、
まだ“中心と周辺”という区別が残っています。
それは、
意識と身体が向かい合っている状態です。
さらに呼吸が深まり、
ゼロ圧の時間が長くなると、
その中心が「どこかにある」
感じが消えていきます。
中心を感じる存在も、
中心を感じられる場所も、
ひとつの空間の中に溶けていきます。
このとき、
呼吸は“誰かがしている”ものではなく、
ただ「世界が呼吸している」
ように感じられます。
ここでは、
もう軸がありません。
呼吸の向きも、
内と外の区別もなくなり、
すべての動きが同じ静けさの中にあります。
体の重さや形がゆるみ、
空気と皮膚の境も曖昧になっていく。
息を吸うでも吐くでもなく、
ただその状態そのものが
呼吸になっていきます。
この状態では、
整えるとか、
癒すといった目的も意味を失います。
整える主体と整えられる対象が、
もはや分かれていないからです。
手で触れているのでもなく、
触れられているのでもなく、
同じ呼吸の波の中に共にある。
それが無軸の呼吸です。
ここで起きているのは、
治癒というよりも“回帰”です。
生まれたときから続いている、
生命のリズムに、
ゼロ次呼吸に、
もう一度、すべてが戻っていく状態。
呼吸が「存在」から「状態」へと還り、
そしてまた、存在へと戻ってくる。
ただ静けさだけが残ります。
この静けさには、
中心も周辺もありません。
すべてが同じ働きとして在り、
どこを切り取っても整っている。
そこでは、
呼吸をしている身体と、
呼吸を感じている存在が、
まったく同じものになっています。
この無軸の呼吸の中では、
動きも、
感情も、
思考も、
ただ一つの流れの中で揺れています。
その揺れの中心を探す必要もなく、
すべてがすでに中心であることを
感じるだけです。
だからといって、
どうという訳ではないですが。
とある武術では、自他がなくなることから、
この状態を無相と呼ぶそうです。




























































