境界線とは間であり、余白であるかも?
こんにちは!
お彼岸も過ぎて、
少し間が空きましたが、
今日は大切なことをひとつ書いてみます。
人との関わりの中で、
「しんどくなる人」と
「自然にいられる人」
この違いって、気になりませんか?
栄養や文化などだけでなく、
また技術や性格の問題だけでもなく、
更に奥の深いなところに、
一つの違いがあります。
それは、
「境界線」と「間」です。
一般的に境界線というと?
距離を取ること
相手と自分を分けること。
のように思われがちですが、
本質は少し違います。
境界線とは、
切るものではなく、
“間(あいだ)を持つこと”です。
人と人のあいだにある、
ほんの少しの余白。
触れてはいるけれど、
混ざっていない状態。
この「間」があるかどうかで、
人との関わりの質は大きく変わります。
この間がないと、
相手の感情や空気をそのまま受け取ってしまい、
自分のことなのか、
相手のことなのかがわからなくなります。
周りの空気に巻き込まれる
誰かの機嫌に左右される
必要以上に気を使ってしまう
こういった状態は、
「優しさ」ではなく、
優しさと思っていたものが、
ただ巻き込まれている状態なのかもしれません。
では、
なぜこの「間」がなくなるのでしょうか。
一つは、身体の緊張です。
身体が常にこわばり、
自律神経が過敏な状態になると、
外からの刺激をすべて拾ってしまいます。
いわば、
境界のセンサーが開きっぱなしの状態です。
もう一つは、安心感の不足です。
安心があると、
外の出来事が起きても必要以上に巻き込まれません。
しかし安心が弱いと、
無意識に外に同調し、
自分の中心が外側に引っ張られていきます。
その結果、
出来事に振り回される生き方になっていきます。
本来の状態は、
そのようなものではありません。
嬉しい、嫌だ、
うまくいった、いかなかった、
そういった反応が起こる前に、
もっと静かな場所があります。
思考が動き出す前の「間」。
その場所には、
すでに満ちている感覚があり、
何かを足さなくても成り立っている
状態があります。
境界線とは、
この「間」に戻れるかどうかでもあります。
頭で「これは自分、これは他人」と
分けるのではなく、
間に戻ることで、
自然と混ざらなくなる。
そのとき、
自然と境界線が整っていきます。
だからこそ、
境界線は考え方ではなく、
身体から整えていくことが大切です。
呼吸が静かに戻り、
身体の力が抜け、
足の裏や重さを感じられるようになると、
自然と「間」が生まれてきます。
その状態で人と関わると、
無理に頑張らなくても、
ちょうどいい距離で関わることができるようになります。
施術をしていても、
この「間」が戻ると、
身体の緊張がふっと抜ける瞬間があります。
人とつながりながらも、
自然体でいられる状態。
それが、
「間に生きる」ということかもしれません。
もし今、
人との関わりで疲れていると感じるなら、
「どう関わるか」ではなく、
「どの状態で関わっているか」
そこに少し意識を向けてみてください。
境界線は、
引くものではなく、
もともとある「間」に戻っていることに
気づくことなのかもしれません。^ ^




























































