Blog記事一覧 > カウンセリング | 淀川区・十三で評判の荻野接骨院 - Part 16の記事一覧
最近ここ一番位、悩むような選択をお世話になっていた人からもとめられました。
選択にはかなり悩みました。
すぐに正解がわかると錯覚しやすい現在社会では、
時には悩み、葛藤することを忘れがちです。
悩みや葛藤が
人生の醍醐味になるというか、深く味わえるスパイスとして、
成長につながる事は多くあります。
今回の選択次第で人生はまったく変わってしまうなぁーという、よく出来たストーリーでの決断。
あーあ。
よく当たる占いでもしてもらおうか?
なんて位、悩んでみました。笑
でも、実は出てくる答えは決まっているんですね。
どんな答えを選択しても、
選択しなかった道に魅力は感じる事も多いでしょう。
というか、自分で選択し出した答えに後悔した場合は、別の選択を選んでいても後悔するはずです。
大事なのは、どんなものも自分で選択しているんだと、思えるかどうか。
自分で選択するから人生に、厚みや、重み、魅力がでます。
悩んだり葛藤したりすることがなくなった人生よりも、
それらを楽しめるような、
そんなゆとりも持ちながら、
柔らかなこの世界で、
滅多に起こらない、
この緊張感を糧にしたいですね。
本当は自分など、いないとしてもね、、
商売がうまくいかない。
恋愛がうまくいかない。
一体、
自分の価値とは?
答えは、
誰かに自分の価値を証明する必要はない。
ただあなたが自分の価値に気づいていればいいのです。
もしも自分で価値が見いだせないならば、
他人はもっとあなたに価値は見いだせません。
誰かがいつか価値をわかって、たくさん買ってくれるはず!
愛してくれる誰かがきっとどこかにいるはず!
と、期待するのはラクですが。
自分がその価値をまず認めてあげない限り商売は長く続がないでしょう。
また、自分を愛してない限り、その恋愛は上手くいく事は難しいでしょう。
価値は自分から試行錯誤して作り出す物だからです。
先日、お客さん達が沖縄へ旅行に行く人が多く、なんだか沖縄の映画を観たいなと、
天国からのエールという阿部寛さんが主演の映画を観ました。
なんでも実話らしく。
かなり泣けました。
後、沖縄の景色がたくさん見れて幸せでした。笑
泣くってなかなか日常ありませんが、
私は結構、漫画で泣けちゃんですが。
泣くということは心が無の状態になり、
瞑想状態に匹敵するとの事で。
例えば、
映画やドラマの感動で泣く場合の
リラックス効果は何倍になるそうです。
気分転換には、たまには映画も良いですよ。(^^)
あなたに絶対的な味方はいはりますか?
私にはいます。
それは私自身です。(^^)
苦しい時には自分が自分の味方にならないと、
中々立ち直るのも大変です。
世間は厳しい雨嵐が吹いたりもします。
私もブログで人にとっては厳しい事を書いたりします。
みんな愛ゆえにアドバイスをしてくれているのは確かです。
だけど、
しんどい時は休みましょう。
そして自分自身を励まし味方になってあげましょう!
間違っている事などありません。
間違いとは相対的な世の中で作られた考え方だからです。
私はこれを読んで下さっている皆様が少しでも健康の道を楽しく過ごして頂き、ついでに運気も上がれば良いなと願いつつ書いてたりします。
仕事や人生で悩んでいる方は、
実は仕事やお金だけの結果ではなく、
人間関係で悩んではる場合が多いです。
すべての人間関係を良くするというのはハードルが高すぎますので、
狙いはあなたにとって大切な人と、
より良い関係を結ぶには?です。
それは、大切な人と仲が悪かったり、
一緒に歩める仲間がいないとどこか虚しく何かが違う…、と感じてしまうのが人だからです。
その打開策になるかどうかは自分への質問力がモノを言います。
例えば、
あなたの大切な人が大切だと思っているのものは知っていますか?
そして、その大切な人が、大切にしていることを、自分も大切にする事はできますか?
もしも、どんなに仕事ができたとしても、できれば関わりたくないのは、どんな人ですか?
どんな人生観や仕事観で生きている人と働いたり一緒にいたいと思いますか?
上記で選択した大切な人に、喜んでもらえそうなこととか、何かに役に立てそうなことは何いですか?
以上です。
役に立てそうで、喜んでもらえそうならば、早速やってみましょう。(^^)
こういった小さな積み重ねがやがて、良かったと思える瞬間へ近づけてくれます。
身体で言えば、小さな疲労の積み重ねが、やがて大きな不調に繋がります。
人生には時として、
このままで良いのだろうかと、他にもっと素晴らしい人生があるんじゃないだろうか?
と考えてしまう事があります。
かなりの方がそう考えていはるみたいですね。
そういう私も以前そんなことを考えている時期もありました。
それは必要があって考えてたんだと思います。
でも、今は実はそんなものは無いと言う決断になりました。
起きことは、起きるべくして起こっているんだと。
簡単に言うと、
いいことをしたらいいことが起こり、悪いことをすれば悪いことが起こるようにです。
日々の生活で自分の出したものが返ってくるというストーリーなんだと。
よくある相談で、理想に燃えて仕事をしたら、ちっとも理想通りにいかなかった。
何故でしょうか?
という話がでたりしますが、
理想通りに行かないとしたならば、
それはそもそもの理想がどこか間違っているのか、
それとも自分の行動に間違いがあると考えるんですね。
で、この考えるというのがクセものです。
考えるとは、一体何でしょうか??
考えるとは、
自分で課題や問題を見つけて、
その課題や問題に対して仮説たてて、検証をすることです。
そうする事の積み重ねが大事なものに気づかせてくれます。
困っている時というのは、
大概は頭で考えているだけで動けないか、そもそもの問題そのものをわかってない場合が多いので手も足もでない状態の事になります。
今、困っているなば、それは本当の問題を持って、仮説と検証をちゃんとやってみたら?
という、サインなのかもしれません。
恋愛にしろ、仕事にしろ、病にしろ、
人は悩むと、すぐに結果を求めます。
しかし、
すぐに答えを与えられても、
理解出来ないと、
その答えは受け止められません。
何故なら、
人は過程を味わう為に存在しているからです。
過程を味わうには、
ただただ、味わう。
もしくは何故?と徹底して自問自答し聞き、過程を観察する。
どちらも最期にたどり着くのは素直になった本当の気持ちだったり、シンプルなもの。
先日、カップルで施術に来られた方で、
彼女が自立してくれなくて、
依存度が高くてなんとかして欲しいという話が出ました。
彼女は、彼にはとても甘えてしまうそうですが、世間では中々立派な事を語ったりされるそうです。
で、彼のいう自立とは、自分で生活費を稼いで1人で生きていく事でした。
私も自立するのはお互いの会話を合わせる為には最低限大切な事だと感じ共感しましたが。
だだ、これからの時代は自分1人での自立ではなく、他人に支えられながらの自立が大切になってきます。
他人に支えられてとは、もちろん依存し、甘えているだけの意味ではなく、
他人に応援されて自立するという事です。
他人に応援されるには、
自分が他人や世の中に貢献しようという意識と行動が必要になります。
他人に応援される様に自立をする。
目指すならそんな自己自立をしてみてはどうでしょうか?
男女ともに、ある好きな人ができ、
その人と上手く良い関係になりたいという相談は多く、
何歳になっても恋をするというのはとても素晴らしいのですが、
しかし、場合によっては既に相手には既に恋人がいて、
その希望は叶いそうもない。
という事も年齢が上がってきたりすると多くなります。
うーん。この場合は、
確かにどうしょうもないですが、
片思いというのは本当に素晴らしい縁起の始まりなんですね。
縁起が良いと言ったりしますが、
縁起とは人間関係であり、良い出会いに使われますね。
この出会いである縁起を良くしていくには、片想いの時にどの様な行動をとっていたかによって、日々潜在意識に伝わり縁起の果実が実っていきます。
やり方は、彼氏や彼女がいてもまずは落ち込まずに、
その相手の幸せを祈り、
何か役に立つことは無いか?
と、ずっと応援していれば良いのです。
例えばそれが芸能人だったならば、
映画をみたり、DVDにCDを買ったり。
それだけでその行為はあなたをきっと幸せな気持ちにさせてくれます。
しかし、
その好きな人がいつまでたっても振り向かなかったり、
その芸能人が結婚したり、彼氏彼女がいた。もう〜裏切られたと恨み始めたりし始めたら。。。
ちょっと方向が危ないです。
潜在意識的には縁起の実は枯れていきます。
そして気がつくと、自分の都合しか考えてない利己主義者だと呼ばれてしまいます。
どう考えても、
他人の幸せを願える人は、他人がほっときません。
そしてまた新しい縁起が起こります。
素敵な縁起を紡ぐにはそこの目では見つけにくい気づきが大切です。
自己啓発セミナーなんかに参加すると、
ある人は意思表示をするなと言ったり、、
意思表示はしろと言ったり。。
どっちなんでしょうか?
と聞かれましたが。
が、私の考えでは当たり前なんですがどちらも大切です。
場次第とも言えます。
この前は武術的にその稽古を行いました。
意思表示とは相手に伝えるものであると同時に、相手になんらかの本気をぶつけないと、相手はまったく反応しません。
意味のないというか、
本気でない意思表示はスルーされやすいという事です。
反応がないので、そのまま意思が通るか、見破られてカウンターをくらいます。
この本気というのは、他人から与えれるというよりも、自分から湧き上がってくるもの。
湧き上がって来ないなら、
それは自分を押し殺す義務教育の賜物です。
押し殺せる人は、会社では重要だし、学校でも良い子として扱われます。
しかし、これからの情報化、国際社会では、自分を押し殺しているとある人は個性がないと言われたり。ある人は我慢の限界となりストレスとなって病気になりかねません。
かと言って我が儘放題というのは、まるで三歳児かな?ってなってしまいます。
ワガママには本音が隠れているので大切ですが、それは素直という条件付きであり、
これもまた場合によります。
では本気を取り戻すには?
それは、本気のものに触れる事です。
本気とぶつかったその時の、自分の押し殺していた感情を認める事です。
会話はその本気の時に奇跡を起こします。




























































