Blog記事一覧 > 院長の考え方 | 淀川区・十三で評判の荻野接骨院 - Part 21の記事一覧
完璧なものを数学で証明しようとして、見つかったのが、完璧なものはないという答えだった。という不完全性定理がありますが、
それでも人は完璧をもとめて生きている人が多いですね。
私自身も、終わりなき身体の研究をしていますし。
その中で、確実にわかるのが、
自然の凄さですね。
今の身体を形づくり、成長させ、適応させ、自然の摂理から外れると、痛みや病となって表現される。
どれだけ私が頑張って施術をしても、全ては自然治癒力が働くかどうかにかかっている。
私の行いはあくまでも自然治癒力の働きやすい環境にする事なんですね。
ゴッドハンドとか言われたりしても、
私は少しも治せてませんからね。
内臓や脳硬膜に包帯を巻いてるだけです。
人が、生まれ持った能力が治してるんですね。
ただ、じゃあほったらかしてていいのか?と言われれば、それはどうかなと。
自然はほったらかしてたら、どんどん無秩序に広がっていきます。
生活で使っている部屋も掃除しなければ、ホコリや物が溢れ散らかっていきます。
庭のせんだいも雑草まみれに。
身体も自然物です。
自然治癒力や、適応力、成長力、免疫力などがちゃんと働きやすくなるようにするには、完璧じゃなくても日頃から手入れが必要なんですね。
掃除も、整理整頓も、整体も。
やると、やらないでは、大違いです。
今日も私は老人ホームの看護師です。
というタイトルで、
当院で予防整体を受けていらしゃる看護師の鈴橋加織さんが、漫画を出版されました。
内容は老人ホームでの実際のお話しと、
老人ホームに入る際に必要な知識などを
面白い楽しく表現されています。
漫画は可愛いのですが、そこで起こっている事は大変なんだという事がわかります。
サクサクと笑顔で読めちゃんですが、
本を読んでいて改めて、
これからはやはり、予防医学の時代だなと。
情報もたくさんあり、その中で、
個人一人ひとりが身体を自己管理していかなくてはならない時代とも言えます。
何らかの症状に対処しているだけでは追いつかない様な状態です。
ウィルスも環境も人間を置いて進化していってます。
医療もまた、考え方を進化させる必要があるかなと思います。
症状や何かあってからの対策じゃなくて、
何かが起こらない様な状態へシフトすることが大切だと。
どこどこの先生は90分施術してくれる。
違う先生は、120分やでー。
と長ければ良い施術という考えは危険です。
何故ならば、
施術とは身体の破壊と再構築だからです。
施術家がやるのは綺麗な破壊です。
そして、お客のイネイト、いわゆる自然治癒力が再構築していきます。
だから、体力がいるんです。
荻野接骨院では
体力の具合をチェックしながら整体するので、時間は個人差があります。
もっとアプローチしたくても、体力を超えた刺激は、逆効果になるからです。
逆効果とは、健康からは遠ざかるという事です。
料理でもなんでも、大事なのが加減です。
その加減、適量を与えられるのが一流の条件でしょう。
今の時代の特徴の一つが、
自己責任の時代に入っていると言われています。
確かに自己責任ができる人は、どんどん伸びるし、施術でも活かせる人が多いですね。
自分の思考と行動によって問題が発生してるんだから、今後どんな風にしていけば良いかと考えられるからですね。
一方、他人に責任を負わす人は、
どんだけ他人からアドバイスを受けたり、施術を受けても、全ては周りの責任と考えているので、いつまでたっても同じ問題に苦しめられ一向に楽になれない傾向があります。
私は自己責任タイプかなと思いますが。。?
違うかな?笑
違うな。笑
都合の良い人理論かな。一番あかんやつですね。
でもまぁ、どちらもほどほどに必要かなと思います。
自己責任論はカッコイイけど、究極は自己の責任はないんですよね。
自分は結果なんで。
どうしょうもない。
だからと言って、愚痴愚痴と他者責任では面白くない。
結果、自己責任の方が生き甲斐はあるかなと思います。
だって、自己責任論がないと自由もないですから。
子供が悪いことをしても怒らない方がいいという考え方が少しずつ広まっていますね。
でも、罰を与えないで行儀がよくなるのかが心配だとカウンセリングされました。
まず、考えるのは怒るか怒らないの二つしか選択肢はないとは思わない事ですね。
人は、そんなに単純でも無かったりします。
その子供がした行動を全てと考えずに、いいところを思い出させながら、
その行動の裏に注目しましょう。
例えば、それは楽しむ為にやってたのか?
それとも、苦痛を避ける為にやっていたのか。
それは良いことだとも悪いことだともわからなかった。
最低でもこれらにしっかりと目をやり、その子供なりの考えに興味を持つべきですね。
悪さイコール罰では、いずれこころは頑になっていき、投げやりになり、自分の過ちを正当化しはじめます。
子供の根本に目を、向ける。
これは施術でも、大人の人間関係でも一緒ですね。(^ ^)
今がよければ、それでいい。
これは意識の話ですね。
私はこの考え方は好きです。
が、
この考えは、実はかなり深くて、
本当に今を生きれてる人が使えれば、
それでいいになります。
だけど、ほとんど方は今ではなく、過去か、未来に生きています。
ですから、神経も過緊張気味になり、身体は硬くなっていきます。
いくら意識で今が良ければと言っていても、身体は徐々に変化していき、10年単位で見た場合、
身体のケアに投資してきた人と、
ほったらかしにしていた人との差は歴然とします。
今、当たり前の様にできている仕草。
例えば、立ったり座ったり、
歩いたり。
そんな当たり前の毎日が当たり前じゃなくなってしまう。
大抵の場合、失ってから気づくのが人間です。
仕事や、家庭、社会などを言い訳にして、身体への意識、時間を作らなかった結果は、とても大きいです。
今を生きているとは、身体と全てが隅々にまで薄く通っている状態。つながりがわかる状態です。
つながりがわかると、違和感がわかります。
自分ではできない人はプロと一緒に。
人は支え合う生き物ですから。(^ ^)
生気論とは、
機械論とは反対で、
人は、バラバラからは組み立てられないという考え方。
目には見えない力を尊重する。
生命には、非生物にはない、特別な力がある!とそれを認める立場に立つ。
動物や、
植物といった、
生命の営みには、
物理科学的手法では解明できない働きがあるよと。
非物質的な力が働いているよと。
それは生気、霊気として表現しています。
説明できないけども、確かにある。
私の整体的には、この生気論を主体にしています。
時代的にも最近では、
以前は怪しまれてた気やエネルギーの話なんかも通用する様にもなってきています。
見えないものは、どこにだって、
いつだって存在します。
痛みや、ストレス、感情なんかも見えませんしね。
だけど、ちゃんと感じれますよね?
私たちを形作っている力も見えません。
自分では何もしてないけど、
細胞はその所に相応しい形になっていきます。
見えないけど、その働きは見えますね。(^ ^)
医学には機械論と、生気論という二つの軸があります。
機械論とは、
人はバラバラにしても組み立てられるという考えです。
目に見える現象。いわゆる、
心とか、精神とか、意思とか、霊魂とか、
そういった目に見えない概念を用いずに、
決定的な因果関係のみを用いります。
力学的な因果連鎖を解釈したりして処置を行います。
生命に対しても、
物理科学的な法に従って、
目に見えない生気や、
神秘的な自然治癒力はない
という見方をしています。
私から見たら、そんな馬鹿な?!
と思いますが。
だって、西洋医学の父、ヒポクラテスも、
人の身体に存在する素晴らしい医者達を働かせる事が施術であり、また、それしか出来ないと言ってましたが。
いつの間にやら、政治的思惑からか、近代医学の根本は機械論にすり変えられたみたいですね。
その裏側には、唯物論という哲学が土台として成り立っています。
20世紀は、唯物論の完勝でしたね。
この考えとはまた違うのが、
21世紀になって少しずつ回復してきた生気論です。
世界五大療法の一つに、オステオパシー療法、いわば自然療法があります。
日本では、整体、整骨医学になりますね。
私がやってるのも、
この施術法になります。
自然治癒を低下させている原因に重点を置いて、
目に見える頭のてっぺんから、身体、足先まで、見えない内臓や、脳神経まで。
姿勢や、能動的な検査をして、
施術施術し、
改善させる事で、自然治癒力を高めていくのが目的の施術法です。
問題は自己の内側にあるから、
症状には責任感が必要という考え。
もともと、
自然治癒力とは、人間だけじゃなくて、生物が持っている元に戻そうとする力です。
生命には、精子と卵子が結合した時から、生命を形づくる力と、治す力を備えているんですね。
例えば風邪や、傷を治す力や、重力や気候、土地、科学物質に適応する力とか。
産まれた時から持っているこれらをイネイトインテリジェンスと言います。
気というか、命というか、生命力と言うか。
見る事も触る事も出来ないですが、
これがないと、生命として成り立ちません。
当院では基本的に、健康に近く為に、
これらを高める事が本当の施術だと考えて向き合っています。
ですから、すぐに症状をなんとかしろと言われるお客さんには、薬か注射をお勧めしています。
今日はお婆さんの一周忌で、丹波に帰っていました。
亡くなったお婆さんの世代は兄弟も多く、
また足腰が弱ってくる年齢で。
あれやこれやと話も、身体の事がほとんどで、やっぱり健康が一番やといった会話に。
そんな中で、
親孝行とはという話題になりました。
色々な考えがありますが、
私的には、子供が元気で健やかに生活している事が最大の親孝行だと思っています。
元気で健やかかどうかは、多分親が見ればすぐにわかるはず。
自分で元気だと思っていてもダメで、あくまでも親から見た時に、元気で健やかに生活している雰囲気を伝えられるかどうかだと思っています。
そして、子孝行なんて言葉があるかは知りませんが、親は、子供を信じて関与しすぎないことが、親としての孝行かなと。
そんな事を考えた1日でした。(^ ^)




























































