Blog記事一覧 > 院長の考え方 | 淀川区・十三で評判の荻野接骨院 - Part 18の記事一覧
空とは何か?
勘違いされやすいのは、無。
空は、無ではありません。
有と無の間というか、
存在している事と、存在しない事が同時に起こる可能性を示します言葉です。
有とも言えて、無いとも言える、両方の状態です。
これはゆらぎに似ています。
波と粒子の間といいますか。
ゆらぎがある時は、とても気持ち良くなります。
だけど、ゆらぎの後に、
結果という思考戻ると、
白か黒かの、二元の世界となり、
ゆらぎは見えなくなり、
現実的に今、
必要な状態へ優遇されて、現れてしまいます。
症状や状態はココロが必要だから存在しています。
その症状にフォーカスせず、
揺らいでいると、いつの間にやら消えてしまうのが自然です。
整体では、ゆらぎで終えたいのですが、
指標という現実も検査で確認します。
症状ではなく、指標で見るのは、
症状に目を合わすと、症状はココロと同調してますます居つくからです。
どんな症状があっても、
整体の検査指標に目をやってみて下さい。
良好な状態が現れてきますよ。
成長には二つあります。
一つは、もくもくと毎日努力を重ねて、身につけていく成長。
もう一つは、別に何か特別な事はしなくても、勝手に成長しちゃう成長。
前者一つしかないと思うと、
毎日が追い詰められたような切迫感と、
いつまで経っても、
足りない、出来ない、と
消えない不安に怯えさせられ易いです。
あれもこれもと、
やりたい事よりも
やらなければならない事が増え、
金銭はかさみ、
いつまで経っても満たされない、
それでいて疲労しながらも、
成長という一つの言葉で、
世間に踊らされてしまいます。
で、
後者の自然に、
勝手にいつの間にか成長するから大丈夫だという視点もあれば、
何故だか、
本当にやりたいことに時間を使える余裕が生まれてきます。
不安から動いていた時と違い、
本当にやりたい事にはお金も惜しくないし、
楽しいし、失敗しても笑えます。
行きたいとこへいき、
会いたい人に会い、
成長は結果、
気がついた時についてきます。
過程を味わえる余裕が生まれます。
そして、
何故だか色々と周りも協力してくれる運もついてきます。
なにより、生きるのがほんのり楽に感じれます。
でもどちらにも共通しているのは行動です。
そして、どちらにも偏らない、
二つの成長があるんだという、三つ目の立ち位置にいれることが理想ですね。
身体というのは生きている限り常に新陳代謝を行なっています。
要するに生まれ変わっているんですね。
身体はほぼタンパク質ですが、
そのタンパク質も、約三カ月後には丸ごと新しくなっています。
硬いイメージの骨なんかも、
だいたい一年位でリニューアルされちゃいます。
それがわかると、どんな症状や病気も、
解剖生理学的には、治らないものなんてないように思えますよね。
だけど、そうもいかない場合が多いのは何故か?
その原因が、恒常性であり、習慣であり、記憶なんですね。
量子力学的には身体の細胞一つ一つに記憶があふ事が言われだしてますが、
それが恒常性という常に同じ状態にする力として働き、物質的に変化しても、ほとんどわからないように入れ替わっている訳ですね。
そして、それに協力するものが習慣ですね。
人はこの習慣にアプローチする事が許されています。
習慣は頑固な記憶や恒常性を変化させれるエネルギーです。
男は40代になったら、自分の顔に責任を持てと言われますが、顔は習慣の宝庫になるわけですね。
今日でゴールデンウィークも終わりの人がほとんどですかね?
って事で、
関係ないけど、
ちょっと哲学的な話をします。
道教なんかでは自然は無から生まれたというけれど、
無は何から生まれるのかな?
私は海が大好きでして。
夏は必ず海に行きます。
海は色々な事を教えてくれます。
海は、波を矯正したりはしないで、そのままで許容しています。
その場に大きさが違う波が来ても、
平均の波に合わせろとも言わない。
日本人は刺激を求めるけど、
みんなと同じ位が好きだったりする。
その場に耐えきれないほどの悲しみや痛みが現れても、
おおもとの海が波によって壊されたりしない事がわかっているかの様に見えます。
海は、あらゆる波をあるがままに許容し、
許容された波も、また
自然に海に戻っていく。
海と波は一体の存在。
ですよね。
じゃあ、海と波を別の存在にさせたのは誰かな?
最近ここ一番位、悩むような選択をお世話になっていた人からもとめられました。
選択にはかなり悩みました。
すぐに正解がわかると錯覚しやすい現在社会では、
時には悩み、葛藤することを忘れがちです。
悩みや葛藤が
人生の醍醐味になるというか、深く味わえるスパイスとして、
成長につながる事は多くあります。
今回の選択次第で人生はまったく変わってしまうなぁーという、よく出来たストーリーでの決断。
あーあ。
よく当たる占いでもしてもらおうか?
なんて位、悩んでみました。笑
でも、実は出てくる答えは決まっているんですね。
どんな答えを選択しても、
選択しなかった道に魅力は感じる事も多いでしょう。
というか、自分で選択し出した答えに後悔した場合は、別の選択を選んでいても後悔するはずです。
大事なのは、どんなものも自分で選択しているんだと、思えるかどうか。
自分で選択するから人生に、厚みや、重み、魅力がでます。
悩んだり葛藤したりすることがなくなった人生よりも、
それらを楽しめるような、
そんなゆとりも持ちながら、
柔らかなこの世界で、
滅多に起こらない、
この緊張感を糧にしたいですね。
本当は自分など、いないとしてもね、、
3月22日は私の誕生日です。
もう何歳になるのか。忘れました。笑
誕生日というと、大概は人に祝って貰うのが普通になってますが、
だんだん歳を取ると、祝って貰うのではなくて、こちらがお礼を言わないといけないんじゃと言う心境になってきています。
私に縁のある、良くも悪くも、すべての人に、ありがとうございます。
お陰様で、誕生日を迎える事が出来そうです。(^^)
あなたに絶対的な味方はいはりますか?
私にはいます。
それは私自身です。(^^)
苦しい時には自分が自分の味方にならないと、
中々立ち直るのも大変です。
世間は厳しい雨嵐が吹いたりもします。
私もブログで人にとっては厳しい事を書いたりします。
みんな愛ゆえにアドバイスをしてくれているのは確かです。
だけど、
しんどい時は休みましょう。
そして自分自身を励まし味方になってあげましょう!
間違っている事などありません。
間違いとは相対的な世の中で作られた考え方だからです。
私はこれを読んで下さっている皆様が少しでも健康の道を楽しく過ごして頂き、ついでに運気も上がれば良いなと願いつつ書いてたりします。
人生には時として、
このままで良いのだろうかと、他にもっと素晴らしい人生があるんじゃないだろうか?
と考えてしまう事があります。
かなりの方がそう考えていはるみたいですね。
そういう私も以前そんなことを考えている時期もありました。
それは必要があって考えてたんだと思います。
でも、今は実はそんなものは無いと言う決断になりました。
起きことは、起きるべくして起こっているんだと。
簡単に言うと、
いいことをしたらいいことが起こり、悪いことをすれば悪いことが起こるようにです。
日々の生活で自分の出したものが返ってくるというストーリーなんだと。
よくある相談で、理想に燃えて仕事をしたら、ちっとも理想通りにいかなかった。
何故でしょうか?
という話がでたりしますが、
理想通りに行かないとしたならば、
それはそもそもの理想がどこか間違っているのか、
それとも自分の行動に間違いがあると考えるんですね。
で、この考えるというのがクセものです。
考えるとは、一体何でしょうか??
考えるとは、
自分で課題や問題を見つけて、
その課題や問題に対して仮説たてて、検証をすることです。
そうする事の積み重ねが大事なものに気づかせてくれます。
困っている時というのは、
大概は頭で考えているだけで動けないか、そもそもの問題そのものをわかってない場合が多いので手も足もでない状態の事になります。
今、困っているなば、それは本当の問題を持って、仮説と検証をちゃんとやってみたら?
という、サインなのかもしれません。
これは良く聞く法則でもあり、
実際に身体そうなっています。
人は色々なモノを吸収したがりますが、
先ずは捨てないと中々入ってきません。
身体にしてもそうで、先ず排泄機能を高めて置く事が、生命力や免疫力の向上につながります。
しかし、空手の息吹の奥義も、便も呼吸も、人生も、全て捨てるのではなく、一割二割ほどは残して置くと良いですね。
その方が自然に静かに必要なものが入ってきます。
春は解毒の季節です。
花粉もアレルギーも捨てている現象です。
何を止めるか。
で何を始めるかが出てきます。
投資で最大のレバレッジが効くのは、
『やらない事を決めること』だそうです。
時間のポイ捨てですね。
私もなんでも一人でやってしまう癖がありましたが、だんだん人に任せることを学んでいます。
その方がよりお互いに成長でき、
気づきが多いのです。
例えば整体の事や、身体の手入れは当院にお任せ下さい。
あとは、口にするもの、睡眠、運動が加われば
お互い、最大の成果が出せるはずです。
ついでに部屋にある生活で必要のない、
入らない何割かのものは捨てて、肝臓スッキリしましょう。
捨てれなかった人は重い肝臓で梅雨につかれちゃいますしね。
施術のセミナーになどに行くと、カッコイイ事を熱く語る先生がいます。
日本の医療を変えるとか、
治すとはこういう事だとか。
だけど、残念な事にそれを語りながらタバコを吸わない先生の隣でプカプカとタバコを蒸しています。
タバコが体に及ぼす影響を知らないのでしょうか?
それとも、他人はどうでも良いのでしょうか?
整骨院や、整体院の前で休憩中にタバコを吸っている先生もよく見かけますが。。。
私的にはどれだけ高尚な事を語ろうとも、テクニックがあろうと、タバコを吸う先生には診てもらいたくないです。
言葉と行動が一致してないからです。
医療者として最低限のマナーだと思っています。
日本の医療を変える。確かに素晴らしい目標です。
ですが、その為にもまず身近な範囲の人達からアプローチするべきでしょう。
日本よりも、地域、地域よりも家族、家族、。
遠い未来の人ではなく、今目の前にいる人たちへ。




























































