Blog記事一覧 > 8月, 2026 | 淀川区・十三で評判の荻野接骨院の記事一覧
こんにちは。
お盆明けから暑い日が続いていますが、
ミネラル不足には気をつけて、
残暑を過ごしていきましょう^ ^。
今日のお話は、
「友達が少ないんです」って話題。
カウンセリングをしていると、
若い方からも、そんな話になることがあります。
休日に遊ぶ人がいない。
向こうから誘ってくれる人も少ない。
何でも話せる親友もいない。
SNSを見ると、
みんな楽しそうに集まっている。

そんな時、
「自分って、人とのつながりが少ないのかな」
「なんだか寂しい人生なのかな」
と思ってしまうことがあります。
でも、ここで少しだけ、
「人とのつながりって、何だろう?」
と考えてみたいんです。
人間関係を考える時、
「家族」「親友」「友達」「恋人」「同僚」「知人」など、
そんなふうに、
関係に名前をつけて考えることがあります。
もちろん、それは便利です。
でも実際の一日を見てみると、
人との関わりはそんなにきれいに分類できません。
いつもの店員さんと、
「今日も暑いですね」と笑うことがある。
美容院へ行って、髪を切ってもらいながら一時間ずっと喋っていることもある。
仕事でしか会わないけれど、なんとなく雰囲気良いなと思う人もいる。
習い事の先生。
近所の人。
患者さん。
お客さん。
旅先でたまたま隣になった人。
名前すら知らないのに、
少し話しただけで妙に心に残る人もいます。
こうした人たちは普通、
「友達は何人いますか?」
と聞かれても、
その人数には入れません。
でも、だからそこには「つながりがない」と言えるのでしょうか?
本当の関係って何?

美容師さん、整体師さん、カウンセラーさんも、仕事として人と接しています。
そこにはお金が発生しています。
だから、「お金を払っているから会ってくれているだけ」
と考えることもできます。
それも一面では事実です。
でも、
お金が発生していることと、
その時間に何が起きたかは別の話なんです。
美容師さんの一言で元気になることもある。
先生との何気ない会話が、
何年も心に残ることもある。
たった一度会った人の言葉が、
その後の人生を変えることだってあります。
お金を払ったかどうかは、
その関係についての一つの情報です。
でも、
一緒に笑ったこと。
安心したこと。
相手を好ましく思ったこと。
話を聞いてもらってホッとしたこと。
相手の幸せを嬉しく思ったこと。
それらまで全部、
「お金が発生しているから」
で消えてしまうわけではありません。
人間関係で苦しくなっている時、
知らないうちに、
「向こうから誘ってくれるか」
「大切にしてくれているか」
「親友だと思ってくれているか」
「必要としてくれているか」
というように、
相手から見た自分を
確認し続けていることがあります。
もちろん、
一方通行の関係ばかりでは疲れてしまいます。
お互いを大切にできる関係も必要です。
ただ、
相手が自分をどう位置づけているかと、
自分の中にどんな気持ちが起きたかは、
別のことです。
相手から見れば、
「先生」かもしれない。
「患者さん」かもしれない。
「お客さん」かもしれない。
「仕事関係の人」かもしれない。
「今日たまたま話した人」かもしれない。
それでも、
その時間に相手を好ましく思った。
一緒に笑った。
話を面白いと思った。
幸せになればいいなと思った。
相手が自分をどれくらい好きかは
分からない。
でも、
こちらがその人を好ましく思ったことまで、
相手の評価によって消えるわけではありません。
そこには確かに、
人と人との間に何かが起きています。
「友達が少ない」と「つながりが少ない」は、
同じなのか?
ここを少し分けてみると、
景色が変わります。
休日に遊ぶ友達は少ない。
でも、
仕事ではいろんな人と話している。
近所に挨拶する人がいる。
いつものお店に顔を覚えてくれている人がいる。
月に、もしくは週に一度会って、
楽しく話す人がいる。
家族とくだらないことで笑うこともある。
そう考えると、
「人とのつながりがない」
と思っていた一日にも、
実はいろんな人との関わりが起きています。
人間関係の豊かさは、
「親友が何人いるか」だけでは測れないのかもしれません。
関係の「名前」より、
そこで何が起きているか。
長く付き合っているから深いとも限りません。
毎週会っているから親しいとも限らない。
逆に、
たった20分の会話が、
何年も心に残ることがあります。
「友達」
「夫婦」
「親子」
「先生と生徒」
「患者さんと治療家」
こうした名前は、関係を説明するには便利です。
でも、
名前が関係そのものではありません。
大切なのは、
その間で実際に何が起きているか?
だから、
「友達が少ないな」
と思った日は、
無理に友達を増やそうとする前に、
少しだけ一日を振り返ってみてもいいかもしれません。
今日は誰と関わっただろう?
その人といる時、どんな気持ちだっただろう?
挨拶しただけでもいい。
ちょっと笑っただけでもいい。
誰かの一言にホッとしたことでもいい。
誰かを好ましく思ったことでもいい。
そこには、
「親友」や「友達」という
名前がついていなくても、
確かに人と人との間に起きたものがあります。
もしかすると、
人とのつながりが少なかったのではなく、
「友達」という名前がついた関係だけを、
つながりとして数えていた、、、
そんなこともあるのかもしれません。
今日一日を振り返ってみると、
名前をつけていなかっただけで、
人との間に起きていたことが、
思っていたよりたくさん見つかるかも
しれませんね。
こんにちは。
台風の影響で涼しい毎日が来てくれてますが、
お盆休みはゆるゆるされてますか?^ ^
今回のタイトルは、
骨盤って、本当に「歪む」のでしょうか?
です。
「骨盤が歪んでいますね」
整体などで、そう言われたことがある方もいるかもしれません。
一方で最近では、
「骨盤なんてほとんど動かない」
「骨盤矯正なんて意味がない」
という意見を見かけることもあります。
では、どちらが本当なのでしょうか?
まず知っておきたいのは、
骨盤にある関節は、腕や脚の関節のように
大きく動く場所ではないということです。
ですから、
「骨盤が大きくズレているから、グイッと押して元の位置に戻す」
というほど単純な話ではなさそうです。
それでも実際の施術では、骨盤周辺を調整することで、
「腰が軽くなった」
「立ちやすくなった」
「歩きやすくなった」
と感じる方がいます。
では、なぜでしょう?
骨盤は「骨」だけではないからです
骨盤の周りには、筋肉や靱帯などがあり、
背骨や股関節とも関係しながら
身体を支えています。
歩けば骨盤も動きます。
呼吸をすればお腹の中の圧も変わり、
横隔膜や骨盤底も一緒に働きます。
つまり、
「骨を正しい位置に戻したから楽になった」
と考えるだけではなく、
骨盤周辺を調整したことで、身体全体が動きやすくなったと考えることもできます。
また、
「歪んでいる=悪い」とも限りませんね。
そもそも人間の身体は、完全な左右対称ではないですし、
利き手もあれば、利き足、
立ち方や座り方、仕事やスポーツによっても
身体の使い方は変わります。
多少の左右差は、誰にでもあるものですから。
大切なのは、
「左右が同じ形になっているか」
だけではなくて、
高さ、幅、硬さ、重さ、感触、流れ、
そして
その身体が楽に動けているかどうか。
こちらの方が大切だと考えています。
では、「骨盤を整える」とは?
施術の中では、
頭から、手足から、調整することもありますが、
先ず骨盤を調整することもあります。
ただ、
「歪んだ骨を正しい位置にはめ込む」というより、
骨盤の周辺の緊張や、重さ、
動きを見ながら、
腰や股関節、
背骨なども含めて、
身体全体が楽に動けるように整えていきます。
だから、
「骨盤は歪むのか?」
「骨盤矯正は意味があるのか?」
どちらか一つの答えに決めるのは雑で、
施術のあとに、
「腰が軽い」
「立ちやすい」
「なんとなく身体が楽」
そう感じられるなら、
身体のどこか一か所だけではなく、
全体の動きやバランスが変わった結果
として見る方が臨床的です。
身体は、思っているより複雑です。
でも難しく考えすぎる必要もありません。
形を無理に揃えることよりも、
その人の身体が、
少しでも楽に働けること。
どうせなら、
そんな「整える」も大切にしていきたいですね。
こんにちは。
八月も始まりましたね。
各地で花火大会も開かれ、
長い夜が続いてます。
今日はひと足先に、お盆を題名に書いていきます。
来週になると、お盆を迎えます。
「ご先祖様が帰ってくる日。」
「お墓参りをする日。」
そんなイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。
もちろん、
それは日本の大切な文化です。
今日は、その意味を少しだけ
違う角度から眺めてみたいと思います。
身体には、命の歴史が流れています。
そう、
身体には、ご先祖様から受け継がれて
きた命があります。
骨格や体質だけでなく、
ものの見方や感じ方。
頑張り方や我慢の仕方。
気づかないうちに受け継がれている
ものも少なくありません。
ふとした瞬間に、
「親と同じ言葉を口にしていた。」
「昔は分からなかった親の気持ちが、少し分かるようになった。」
そんな経験をされたこともあるのではないでしょうか。
身体は、いつも「今」を生きています。
荻野接骨院では、
「肩の力が抜けない。」
「無意識に歯を食いしばってしまう。」
そんなご相談をいただくことがありますが、
姿勢や筋肉、
生活習慣が関係しているのはもちろんです。
しかし、それだけでは説明できない身体の緊張に出会うことも少なくありません。
頑張らなければ認めてもらえなかった。
迷惑をかけてはいけないと思ってきた。
弱音を吐いてはいけないと思ってきた。
そんな日々の積み重ねは、
身体にも静かに残っていきます。
頭は過去を思い出し、
未来を心配することができます。
でも、身体が生きているのは、
いつも「今、この瞬間」だけです。
だから身体は、
呼吸や鼓動、痛みや疲れを通して、
「少し今に戻りませんか。」と、
静かに教えてくれているのかもしれません。
忙しい毎日では、
自分のことは後回しになりがちです。
だからこそ、お盆という節目に、
ほんの少しだけ立ち止まってみる。
深呼吸をする。
ゆっくり食事をする。
家族と食卓を囲む。
静かに手を合わせる。
そんな時間が、身体にも心にも
小さな余白をつくってくれることがあります。
供養とは、命をつないでいくこと。
お墓参りをしたり、
ご先祖様に手を合わせたりする時間は、
とても尊いものです。
そして、もう一つ大切な供養の形が
あるようにも感じています。
受け継がれてきた苦しみや思い込みに気づき、それを次の世代へそのまま渡さずに済むこと。
供養とは、
過去を否定することではありません。
受け継がれてきたものを静かに見つめること。
そして何かを残そうと力むのではなく、
身体や暮らしが整う過程で、
本当に必要なものが、自然と次の世代へ受け継がれていく。
そんな生き方も、
一つの供養なのかもしれません。
最後に。
お盆は、ご先祖様を迎える日。
そして、命のつながりに静かに思いを向ける日でもあるのでしょう。
身体は、今日も休むことなく働いています。
心臓は鼓動を続け、
呼吸は繰り返され、
傷は少しずつ癒え、
眠れば回復しようと働いています。
そんな姿を見ていると、
命にはもともと「治ろうとする力」が備わっていることを感じます。
荻野接骨院では、痛みだけを追いかけるのではなく、
その回復する力が働きやすい身体の環境を整えるお手伝いをしています。
このお盆が、ご先祖様への感謝とともに、
身体の声にそっと耳を澄ませる時間になれば幸いです。




























































