Blog記事一覧 > 7月, 2026 | 淀川区・十三で評判の荻野接骨院の記事一覧
こんにちは!
夏のイベントも次々と過ぎていき、
暑さも酷暑へと進んでいますが、
みなさん体調はいかがでしょうか?
今日の話題は、酷暑の夏バテ対策です。
何回も伝えているので、
重なる部分もありますが、
また違う表現などを使って書いみます。
先ず夏バテとは「気合い不足」ではなく、
身体からのちょっと休ませてよ!
と捉えてみましょう。
「身体が、首から肩がだるい」「胃腸が重くて食欲がない」「寝ても疲れが取れない」
夏になると、このようなご相談が増えてきます。
夏バテは、
決してあなたが怠けているからでも、
暑さに弱いからでもありません。
猛暑、いや酷暑の中での24時間の体温調節、
想像を超えた大量の発汗、極端な冷房による末梢の冷え。
これらは寒暖差の激しい環境で、
自律神経の緊張スイッチ(交感神経)
が入りっぱなしになり、
身体が休むモードに切り替えにくく
なっている状態です。
身体が怠けているのではなく、
暑さに対応しようと24時間フル回転で働きすぎている証拠。
まずは「よく頑張ってくれているな」と、
肩の力をフッと抜いてあげてください。
こうも暑いと汗が滝の様に流れてきますが、
汗をかくと、水分だけでなくナトリウムなどのミネラルも一緒に外へ出ていきます。
普段の水分補給は、お水や麦茶で十分です。
ただし屋外作業や運動で
大量に汗をかいたときは、
適度な塩分補給も大切になります。
反対にあまり汗をかいていない日に
スポーツドリンクや経口補水液を
何本も飲む必要はありません。
糖分の多い飲み物は、
腸内の浸透圧の関係で吸収が遅くなったり、
血糖値の急激な乱高下を起こして、
余計なだるさを生むこともあります。
喉が渇く前に、ちびちび味わう。
夏場はそれくらいが、身体にとって一番負担の少ない給水です。
またら夏は、そうめん、パン、アイスなど、
のどごしの良いものに偏りがちですよね。
炭水化物は大切なエネルギー源ですが、
それを体内で「使えるエネルギー(ATP)」に変換するには、
ビタミンB群やマグネシウムといった
助っ人が欠かせません。
どれだけガソリンを入れても、
エンジンを動かす部品や潤滑油が足りないと、車はうまく走り出せないのです。
もし今日そうめんを食べるなら、
主食だけで終わらせず、
無理のない範囲で一品足してみてください。
例えば、
豚肉、卵、豆腐、納豆(たんぱく質・ビタミンB群)オクラ、海苔、ゴマ(ミネラル)
「主食に、小さな一品を添える」
これだけで、身体の中でエネルギーを作る仕組みがぐっとスムーズになります。
夏に、身体が静かに求めている栄養として、
ビタミンB1(糖質をエネルギーに変える)
豚肉、うなぎ、大豆、など
マグネシウム(筋肉・神経・代謝を整える)
豆腐、納豆、海藻、ナッツ、ゴマ、緑の野菜など
がオススメです。
また、女性の方で
立ちくらみ・息切れ・頭痛・動悸・月経量が多い、と
いった症状がある場合、
夏バテの陰に「鉄不足や貧血」が隠れていることも少なくありません。
ただし、自己判断だけで栄養不足と断定し、
鉄やマグネシウムなどをサプリメントで極端に摂るのは注意が必要です。
サプリメントは無理を続けるための燃料ではなく、足りない部分を優しく補うための道具として使いましょう。
(無理は続けると身体を壊す)
夏バテ対策の本質は、身体を無理やり元気にすることではなく、
負担を減らして回復できる余白を作ることです。
水分をこまめに、ゆっくり飲む。
主食だけで終わらせず、たんぱく質をひとつ足す。
冷房を我慢せず、羽織るもので調節する。
夜更かしを減らし、身体を休める。
体調不良のときはサウナや激しい運動を休む。
ゆったりと、体温以下くらいのお風呂に浸かる。
立派な目標や、
特別な健康法に走る必要はありません。
無限の可能性を語る前に、
今日のそうめんへ卵を一つ。
夏バテ対策は、それくらい現実的な足元からで、十分すぎるほどかも知れません。^ ^
こんにちは。^ ^
今日のタイトルは、強さとは何か?!です。
今回はちょっと男っぽく書いていきます。
押忍。

今週末とある場所で「ガチ男塾」をやる!
男塾という名前だけ聞くと、
根性。気合い。筋肉。大声。我慢。
みたいなものを想像する人もいるかもしれない。
もちろん、肉体を使い、
そういう熱さも嫌いではない。
でも、今回やりたいことは、
ただ男らしく見せるための場ではない。
強がるための場でもない。
誰かに勝つためだけの場でもない。
むしろ、
強がっている自分。
怒りでごまかしている自分。
不安を見ないようにしている自分。
寂しさをプライドで隠している自分。
認められたくて力んでいる自分。
そういう内側のものを、
ちゃんと見る場。
先日、こんな広告を見かけた。
「弱い男になるな。王になれ。」
黒い背景。刀を持った男。鋭い目つき。筋肉。
威圧感。そして、強そうな言葉。
たしかに、パッと見た瞬間は刺さる。
このままではダメや!
もっと強くならないと!
自分を変えないと!
そんな気持ちに火がつく人もいると思う。
でも、少し立ち止まって考えてみたい。
強さとは、本当にそういうものなのだろうか?
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声が大きいこと?
怖そうに見えること?
人に負けないこと?
感情を出さないこと?
弱音を吐かないこと?
誰にも頼らないこと?
いつも余裕があるように見せること?
それは一見、強さに見える。
でも実際には、ただ傷つかないように、
心や身体を固めているだけのこともある。
鎧を着込んでいる人は、強そうに見える。
けれど、鎧を脱げない人は、本当は少し苦しい。
ただ、その鎧にも理由がある。
鎧を着込まなければ、守れなかった何かがあったのだと思う。
馬鹿にされたくなかった。負けたくなかった。
認められたかった。家族を守りたかった。
期待に応えたかった。
弱い自分を見られたくなかった。
だから、無理に鎧を脱ごうとしなくていい。
大事なのは、鎧を着ている自分を責めることではない。
「いつでも脱げるし、必要ならまた着てもいい」
そう選択できる余白が、内側にあること。。
本当の強さは、弱さを消すことではない。
弱さに気づいても、そこから逃げず、飲まれず、責めすぎず、ちゃんと扱えること。
怒りが出た時に、怒りそのものにならないこと。
不安が出た時に、不安に人生のハンドルを渡しきらないこと。
寂しさが出た時に、誰かで埋めようとしないこと。
劣等感が出た時に、他人を下げて自分を保とうとしないこと。
承認欲求が出た時に、必要以上に大きく見せようとしないこと。
それが、強さではないかと思う。
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武術で言えば、力んでいる身体は意外と崩れやすい。
本当に安定している身体は、余計な力が抜けている。
力を入れて固めているのではなく、抜けているのに崩れない。
これは、人生でも同じだと思う。
強く見せようとしている時ほど、
実は内側が揺れていることがある。
正しさで相手を黙らせようとしている時ほど、
自分の中の不安を見たくないだけのことがある。
家族や仲間を守っているつもりで、
本当は自分の思い通りにしたいだけのこともある。
ここは、なかなか痛い。
でも、ここを見ないまま強くなろうとすると、
強さの顔をした支配になる。
整体でも同じで、身体は頑張りすぎると固くなる。
固くなると、感覚が鈍る。
感覚が鈍ると、自分の状態がわからなくなる。
自分が疲れていること。
本当は傷ついていること。
本当は怖かったこと。
本当は助けてほしかったこと。
そういう声が、だんだん聞こえなくなる。
だから、強くなろうとして固めすぎると、
かえって自分を見失うことがある。
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「王になれ」という言葉も、
誰かを支配する王ではなく、
自分の内側を静かに治める王なら、いい。
焦り。怒り。欲。見栄。恐れ。承認欲求。
正しくありたい自分。評価されたい自分。
助けたい自分。わかってほしい自分。
そういう内側の住民たちを、力で黙らせるのではなく、
ちゃんと見て、ほどよい場所に配置し直す。
それが、自分を治めるということ。
男の強さとは、
自分の感情をなくすことではない。
感情に毎回、乗っ取られないこと。
怒りを感じてもいい。
悔しさがあってもいい。
嫉妬があってもいい。
不安が出てもいい。
情けない自分が出てもいい。
ただ、その反応のままに言葉を投げない。
その反応のままに人を傷つけない。
その反応のままに大事なものを壊さない。
ここに、かなり大きな強さがある。
もちろん、現実的な強さも大事だ。
体力。お金。仕事。生活力。約束を守る力。
言葉にする力。断る力。謝る力。続ける力。
休む力。決める力。背負いすぎない力。
こういうものがなければ、
きれいな精神論だけでは生活は守れない。
宇宙を語れても、
部屋が荒れて、身体が壊れて、
人間関係が崩れていたら、
足裏が地面から浮いている。
だから強さとは、
壮大な覚醒だけではない。
今日のベッドを整えること。
顔を洗うこと。
身体を動かすこと。
腹が立った時に、すぐ言葉の刃を抜かないこと。
やるべきことを一つ終わらせること。
疲れている時に、ちゃんと休むこと。
大切な人に、ちゃんと言葉で伝えること。
間違えた時に、静かに謝ること。
そういう小さなことの中にも、強さはある。
強さは、派手じゃない。
本当の強さは、静かなことが多い。
強く見せる必要がないからだ。
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弱さを否定するほど、人は弱さに支配される。
弱さを見れるほど、人は少しずつ自由になる。
だから
「弱い男になるな」よりも、
「弱さに飲まれるな」の方がしっくりくる。
そして、「王になれ」よりも、
「自分の内側を荒らさず、静かに治めよ」
の方が、身体に合う。
硬さではなく、中庸。
威圧ではなく、余白。
支配ではなく、選択。
我慢ではなく、調整。
無敵になることではなく、傷ついても戻ってこれること。
力を入れることではなく、
力を抜いても崩れないこと。
誰かを従わせることではなく、
自分の反応に従いすぎないこと。
そして今日、ちゃんと足裏で立つこと。
以上、塾長より、
ガチ男塾の始まり挨拶でした。




























































