「友達」という名前がなくても、人はつながっている
こんにちは。
お盆明けから暑い日が続いていますが、
ミネラル不足には気をつけて、
残暑を過ごしていきましょう^ ^。
今日のお話は、
「友達が少ないんです」って話題。
カウンセリングをしていると、
若い方からも、そんな話になることがあります。
休日に遊ぶ人がいない。
向こうから誘ってくれる人も少ない。
何でも話せる親友もいない。
SNSを見ると、
みんな楽しそうに集まっている。

そんな時、
「自分って、人とのつながりが少ないのかな」
「なんだか寂しい人生なのかな」
と思ってしまうことがあります。
でも、ここで少しだけ、
「人とのつながりって、何だろう?」
と考えてみたいんです。
人間関係を考える時、
「家族」「親友」「友達」「恋人」「同僚」「知人」など、
そんなふうに、
関係に名前をつけて考えることがあります。
もちろん、それは便利です。
でも実際の一日を見てみると、
人との関わりはそんなにきれいに分類できません。
いつもの店員さんと、
「今日も暑いですね」と笑うことがある。
美容院へ行って、髪を切ってもらいながら一時間ずっと喋っていることもある。
仕事でしか会わないけれど、なんとなく雰囲気良いなと思う人もいる。
習い事の先生。
近所の人。
患者さん。
お客さん。
旅先でたまたま隣になった人。
名前すら知らないのに、
少し話しただけで妙に心に残る人もいます。
こうした人たちは普通、
「友達は何人いますか?」
と聞かれても、
その人数には入れません。
でも、だからそこには「つながりがない」と言えるのでしょうか?
本当の関係って何?

美容師さん、整体師さん、カウンセラーさんも、仕事として人と接しています。
そこにはお金が発生しています。
だから、「お金を払っているから会ってくれているだけ」
と考えることもできます。
それも一面では事実です。
でも、
お金が発生していることと、
その時間に何が起きたかは別の話なんです。
美容師さんの一言で元気になることもある。
先生との何気ない会話が、
何年も心に残ることもある。
たった一度会った人の言葉が、
その後の人生を変えることだってあります。
お金を払ったかどうかは、
その関係についての一つの情報です。
でも、
一緒に笑ったこと。
安心したこと。
相手を好ましく思ったこと。
話を聞いてもらってホッとしたこと。
相手の幸せを嬉しく思ったこと。
それらまで全部、
「お金が発生しているから」
で消えてしまうわけではありません。
人間関係で苦しくなっている時、
知らないうちに、
「向こうから誘ってくれるか」
「大切にしてくれているか」
「親友だと思ってくれているか」
「必要としてくれているか」
というように、
相手から見た自分を
確認し続けていることがあります。
もちろん、
一方通行の関係ばかりでは疲れてしまいます。
お互いを大切にできる関係も必要です。
ただ、
相手が自分をどう位置づけているかと、
自分の中にどんな気持ちが起きたかは、
別のことです。
相手から見れば、
「先生」かもしれない。
「患者さん」かもしれない。
「お客さん」かもしれない。
「仕事関係の人」かもしれない。
「今日たまたま話した人」かもしれない。
それでも、
その時間に相手を好ましく思った。
一緒に笑った。
話を面白いと思った。
幸せになればいいなと思った。
相手が自分をどれくらい好きかは
分からない。
でも、
こちらがその人を好ましく思ったことまで、
相手の評価によって消えるわけではありません。
そこには確かに、
人と人との間に何かが起きています。
「友達が少ない」と「つながりが少ない」は、
同じなのか?
ここを少し分けてみると、
景色が変わります。
休日に遊ぶ友達は少ない。
でも、
仕事ではいろんな人と話している。
近所に挨拶する人がいる。
いつものお店に顔を覚えてくれている人がいる。
月に、もしくは週に一度会って、
楽しく話す人がいる。
家族とくだらないことで笑うこともある。
そう考えると、
「人とのつながりがない」
と思っていた一日にも、
実はいろんな人との関わりが起きています。
人間関係の豊かさは、
「親友が何人いるか」だけでは測れないのかもしれません。
関係の「名前」より、
そこで何が起きているか。
長く付き合っているから深いとも限りません。
毎週会っているから親しいとも限らない。
逆に、
たった20分の会話が、
何年も心に残ることがあります。
「友達」
「夫婦」
「親子」
「先生と生徒」
「患者さんと治療家」
こうした名前は、関係を説明するには便利です。
でも、
名前が関係そのものではありません。
大切なのは、
その間で実際に何が起きているか?
だから、
「友達が少ないな」
と思った日は、
無理に友達を増やそうとする前に、
少しだけ一日を振り返ってみてもいいかもしれません。
今日は誰と関わっただろう?
その人といる時、どんな気持ちだっただろう?
挨拶しただけでもいい。
ちょっと笑っただけでもいい。
誰かの一言にホッとしたことでもいい。
誰かを好ましく思ったことでもいい。
そこには、
「親友」や「友達」という
名前がついていなくても、
確かに人と人との間に起きたものがあります。
もしかすると、
人とのつながりが少なかったのではなく、
「友達」という名前がついた関係だけを、
つながりとして数えていた、、、
そんなこともあるのかもしれません。
今日一日を振り返ってみると、
名前をつけていなかっただけで、
人との間に起きていたことが、
思っていたよりたくさん見つかるかも
しれませんね。




























































